嵐のあと、キッチンにて .3



「………あの二人は、自分をはっきり持ってると思います」


 パイ生地を作り出したリンが、唐突に言った。別のソースを用意していたウィーズリー夫人が顔を上げる。スイもパチクリ瞬いた。


「今回の悪戯はちょっと悪質でしたけど、いつもそうってわけじゃないです。普段の双子は、周りの人を元気にさせてくれるような悪戯をしてます。流れている空気を明るいものに変えるために、二人は動いてるんですよ」


 せっせと生地をこねながら、リンはゆっくり言う。上手く伝えられる言葉を探しているように、スイには見えた。


「フレッドとジョージの洞察力はすごいですよ。誰かが苛立ってるとか、落ち込んでるとか、すぐ感じ取っちゃうんです。私も、それで彼らに助けられたことがあります」


 どこか遠くを見るようにして、リンは目を緩く細めた。リンがいつ双子に助けられたのか、スイはなんとなく予想がついた。ゆらゆら尻尾が揺れる。ふとスイがウィーズリー夫人を見ると、彼女はじっとリンを見つめていた。


「確かにモリーさんからしたら、あの二人がやることは『厄介事』かもしれません。でも、少なくとも私は、そうは思わないです。フレッドとジョージは、誰かを困らせるためだけに悪戯をしてるわけじゃないから」


 話しながら、リンは生地を適当な大きさに千切り、伸ばし始める。二つの行為を同時進行させるのは、もはやリンの特技である。なんとも器用な、とスイはいつも通り思った。


「沈んだ気分を吹き飛ばすためだったり、困ってる誰かを助けるためだったり………あの二人は絶対に、たとえ一人でも、他人のことを考えてます。そうは見えないように取り繕ってるから、分かりづらいですけどね」


 ちょいちょいと指を動かしてパイの原型を整えたあと、リンは手を止めて夫人を振り返った。


「モリーさんが育て方を間違えたなんてこと、ありませんよ。フレッドとジョージは、優しくて、思いやりのある、いい人たちです。まあ、たまにちょっと、どう考えてもアホとしか言えないようなことをしますけどね」


 最後の一言は要らなかったよ。スイが表に出さずにツッコミを入れる。溜め息をつくスイにリンが首を傾げたとき、ウィーズリー夫人がようやく口を開いた。


「ねえ、リン? あなた、私たちの養子になるとか、お嫁にくるとか、そういう気はない?」


「……い、いまのところは、ない……です」


 頬を引き攣らせて、ぎこちなく答えたリンは、スイが雷に撃たれたような顔をして、ガクッと椅子の背から落っこちかけるのを、確かに見た。


 何も考えないようにしながら、リンは、残念そうな夫人の視線から逃れるように、彼女に背を向け、調理を再開した。



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