髪飾りの贈り主 (4)



 ひょいひょいと忙しく尻尾を動かすスイを気にしながら、リンは、マルフォイの様子を窺った。何も言ってこないが、もう行ってもいいということだろうか? 地味に時間が経っているので、そろそろ解放してもらいたい。


「……私もう帰ってもいい?」


「……っ、最後に一つ言わせろ!」


 まだ続くのか……リンは溜め息をついた。強情というか、しぶとい奴である。目だけで促すと、マルフォイは、眉を寄せてリンを見据えた。


「……君のことは、まあまあできた奴だとは思っている。だが、君の母親のことは違うぞ。僕が君の母親の印象まで変えると思うな」


「べつに、それ、当然のことだと思うけど」


 首を傾げたリンに、マルフォイは「はっ?」と気の抜けたような声を漏らした。呆然としている彼に、リンは言う。


「私と母さんはそれぞれ別の人間だよ。私に対する印象が、母さんに対する印象と連動するのは本来おかしい。逆もまた然りで、特定の人に対して母さんが持っている印象が私に影響するわけでもない。その証拠に、私は母さんと違って、君の父親を嫌ってはいないよ」


 ことごとく不憫な人だとは思ってるけど。という言葉は伏せておいた。発言を終え、リンは再びマルフォイに退出の許可を乞うたが、彼は無視した。


「僕の父上を嫌っていないというのなら、どう思ってるんだ?」


「君、本当めんどくさい」


 なぜそんなことをいちいち気にするのか……疑問に思いつつリンが溜め息をつくと、マルフォイは「め、めんどくさいだと?!」と目を剥いた。そのようなことを言われた経験がないのだろう。甘やかされた坊ちゃんめ。スイは尻尾をヒュンと振った。


 リンもさすがに辟易してきていたが、ここで会話を切って帰っても後々が面倒なだけだと分かっていたので、仕方なく質問に答えることにした。ブツブツと「めんどくさい」発言に文句を言っているマルフォイは無視する。


「君の父親は、べつに好きではないけど、特別嫌いってわけでもないよ。人間としては問題があると思ってるけど、……親としては、まずまず良い人じゃないかって思ってる」


 昨年度は、ジニー・ウィーズリーにリドルの日記を与えて「秘密の部屋」を開かせた。ダンブルドアを停職に追いやった。屋敷しもべ妖精のドビーを手酷く扱った。今年だって、バックビークの訴訟を起こした。


 これだけ見ると、本当に嫌な奴だ。ここまで陰気で陰湿で、弱者に対して侮蔑的な人間、滅多にいないだろう。


 ……だが、彼は、息子をナツメから庇った。息子に恐怖を与えた(ドラコが怖がりなだけかもしれないが)ナツメに対して、怒りを見せた。息子が怪我をしたと聞いて、理事会や魔法省に訴えた。


 我が子に対して愛情を持っていることが、一目で分かる。発揮の仕方が、かなり間違っている節もあるが。


 そこまで思い巡らして、リンは肩の力を一度抜いた。スイの身体が揺れる。顔をしかめて右肩から左肩へと移動する相棒に、リンは「ごめん」と苦笑した。


 それからマルフォイを見ると、彼は口元を片手で覆い、なにやら考え込んでいるようだった。窓から入ってくる光が、キラキラとプラチナブロンドに反射している。綺麗だとリンは思ったが ――― 。


「マルフォイ、私もう帰るから」


「はっ?」


 やはり、寮に帰りたかった。一言だけ残して、呆然としているマルフォイを置いて、さっさと立ち去る。スイが振り返ると、マルフォイは何か言いたげに口を開いていたが、声は出てこないようだった。


 小さく「ドンマイ」と呟いたスイにリンが不思議そうな顔をしたが、スイは何も言わず、ただ尻尾をユラユラ揺らした。



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