融ける、(2)



**


 リンは、何度か訪れたことのある彼の研究室へと、足を踏み入れた。


 彼に勧められるままソファに座り、ぐるりと室内を見回して、相変わらず本が多いと感心する。前に訪れたときよりもさらに蔵書が増えている気がした。授業も受け持ちつつ、いつ読んでいるのだろう? 本当に勉強熱心な人だ。


「……こ、紅茶でいい、ですかね?」


「え、あ……はい。ありがとうございます」


 スッと目の前に差し出されたカップを条件反射で受け取ったあと、クィレルの言葉の内容を理解し、リンはお礼を言った。


 クィレルは「いえ」とぎこちなく笑って、リンの向かいに腰を下ろした。彼がコーヒーを口にするのを見て、リンも紅茶を一口頂く。


「……う、浮かない顔を、していますが……ど、どうかしましたか?」


 クィレルの言葉に、リンは動きを止めた。自分を見つめてくる彼を見つめ返し、カップを持つ手を膝の上に置き、小首を傾げて微笑む。


「そう見えましたか?」


「ええ……」


「それは不思議ですね、別に何もないのですが……」


「ミス・ヨシノ」


「…………」


 見つめられたまま静かに名前を呼ばれて、リンは言葉を切り、それからゆっくりと表情を消した。視線が自然とクィレルから離れ、膝の上のカップへと移る。それでもなお彼からの視線を感じ、リンは溜め息をついた。


「……分かっちゃいますか?」


「……私は、君の教師ですから……よく見ていれば、わ、分かります」


 こういう時でもどもるのか、もったいない。ふとそう思って、リンは小さく笑った。


「……クィレル先生は、愛の反対って何だと思いますか?」


「愛、ですか……」


 唐突な質問に、クィレルは少し考え込む素振りを見せた。


→ (3)


[*back] | [go#]