先生、去る (3) 「やあ、ハリー。君のことも見ていたよ」 先ほどリンにしたように、ルーピンは「忍びの地図」を指差した。そのまま、おもむろに机の引き出しを開け、中身を取り出し始める。 「リンより遅いのは、意外だったがね」 「いま、ハグリッドに会いました。先生がお辞めになったって言ってました……嘘でしょう?」 「いや、本当だ」 「どうして ――― 」 「昨夜のことがあって、私ははっきりと分かったんだ……私は、先生として生徒たちに触れ合う資格がないとね」 ルーピンはキッパリと冷静に言ったが、表情は自嘲的だった。 「誰か君たちを噛んでいたかもしれないんだ……。こんなことは、二度と起こってはならない」 「先生はいままでで最高の『闇の魔術に対する防衛術』の先生です! 行かないでください!」 ハリーの懇願に、ルーピンは首を振り、何も言わなかった。無言で引き出しの中を片付け続ける。 何も言えずに立っているリンの元へと、スイが駆け寄ってくる。肩へと登ってきた彼女の身体を、リンは先生から目を離さないまま、静かに撫でた。 沈黙の中、ルーピンが口を開いた。 「校長先生が今朝、私に話してくれた。リン、ハリー、君たちは昨夜、ずいぶん多くの命を救ったそうだね。私に誇れることがあるとすれば、それは、君たちがそれほど多くを学んでくれたということだ。ハリー、君の守護霊のことを話してくれ」 「どうしてそれを?」 「それ以外に、吸魂鬼を追い払えるものがあるかい?」 そりゃそうだな、とスイは納得した。並大抵の魔法では、吸魂鬼は退治できないだろう。リンやナツメたちが使う超能力を数に含めれば、また別だが。 父親に関するハリーの推測が当たっていることを告げたあと、ルーピンは、最後の数冊の本をスーツケースに放り込み、引き出しを閉め、ハリーに「透明マント」と「忍びの地図」を差し出した。 「君たちなら、きっと上手な使い道を見つけるだろう」 ルーピンがニッコリ笑ったとき、ドアをノックする音が聞こえた。ハリーが反射的に「透明マント」と「忍びの地図」をポケットに押し込む。スイがヒョイと尻尾を振った。 一拍置いて、ダンブルドアが入ってきた。リンとハリーがいるのを見ても、特に驚いた様子もない。千里眼か何かでも持っているのではないだろうかと、リンは思った。 「リーマス、門のところに馬車が来ておる」 「校長、ありがとうございます」 ルーピンは、古ぼけたスーツケースと空になった水槽(水魔が入っていたものだ)を取り上げた。 「それじゃあ、さよなら、ハリー。君の先生になれて嬉しかったよ。またいつか、きっと会える」 ハリーに向き直って、ルーピンは微笑んだ。それから、ずっと無言でいるリンを見る。 「よければ、リン、玄関まで見送ってほしい。少し喋ろう……」 リンはパチクリと目を瞬かせたあと、コックリ頷いた。その返答に嬉しそうに目を細め、ルーピンはダンブルドアに頭を下げる。 「では、校長……いままで、お世話になりました……」 「さらばじゃ、リーマス」 重々しく頷くダンブルドアと握手するために、ルーピンは水槽を少し脇によけた(リンが水槽を引き受けようとしたが、ルーピンが大丈夫だと制した)。 最後にもう一度ハリーに向かって微笑み、ルーピンは、リン(と、必然的にスイも)を伴って部屋を出ていった。 → (4) |