進んで、帰って、進める (1)



 ドサッと床に転がり込んだハリーとハーマイオニーを見て、ナツメは薄情にも鼻で笑った。


 ひどい人間である……いや、薄情どころか無情であるということなど、とうに分かりきっていたことなのだが。そんなことを考えつつ、スイは、二人を連れて瞬間移動をしてきたリンの元へと駆け寄った。


「……ただいま戻りまし……た……」


 気遣わしげにハリーたちを見ながら、リンは母親に挨拶をし、そこで硬直した。


「ああ、仕事はやり遂げてきたようだな」


 相変わらず椅子に座り、気のなさそうな返事をしたナツメの、足元。力なく床に横たわり、虚ろな目で天井を見上げているペティグリューを見て、リンは顔を引き攣らせた。やっとのことで起き上がったハリーたちも、固まっている。代表して、リンが恐々尋ねた。


「……あの、母さん? ペティグリューは……その、いったい……?」


「ああ、死んではいない。ちょっとセブが悪夢を見せただけだ」


「……身体の所々に怪我をしてるように見えるのですが」


「心配ない。シリウスがちょっと派手にやりすぎただけだ」


「………これ、正気を失ってたりはしませんよね?」


「問題ない。たとえそうだとしても、正気は取り戻させる」


 しれっと言うナツメに、リンは口を閉じた。これ以上聞くのはやめておこう……なんだか恐ろしい。うっかりペティグリューに同情してしまいそうだ。


 ペティグリューから視線を外して唇を引き結んだリンの肩へと、スイは駆け上り、リンの頬へと身体を寄せた。リンは緩く微笑んで、彼女の身体を撫でた。


「……無事か、三人とも」


 なんとも言えない空気の中、部屋の隅に座り込んでいたブラックが立ち上がって、リンたちのところへと近づいてきた。心配そうな目で、三人を眺め回す。


 ブラックが続けるかハリーたちが返事をする前に、リンが、ブラックへと歩み寄った。ブラックの前に立ち、じっと彼を見つめる。ブラックが頭に疑問詞を浮かべたとき、リンがほっと肩の力を抜いた。


「……うん、もう元気そう」


 リンは、安堵したように、満足げに笑みを零した。相当数の吸魂鬼に襲われていたのを二度も見たので、余計に心配だったのだ。


 安堵の笑みを前に、ブラックはしばし沈黙し、それからナツメを見た。


「まったくおまえに似なくて良かったな」


「……余計なことを言う舌と、考える頭。どっちを使えなくしてほしいんだ?」


 ほのかに笑みを浮かべたナツメを見て、全員が震撼〔しんかん〕した。スネイプまでもが、青白い顔をナツメから逸らしている。


 ちなみにリンは、母に背を向ける形で立っていて、しかもブラックに頭を押さえつけられていたので、見ずに済んだ。


 ブラックは、若干冷や汗をかいているものの、なんとか余裕そうに見える表情を取り繕った。


「なんだ、似てほしかったのか? 親らしいとこあるじゃないか」


「似てほしい? そんなことは言ってないな」


 どこか嬉しそうにニヤニヤ笑うブラックのセリフを、笑みを消して首を傾げたナツメが一蹴する。


「言い方が気に食わなかっただけだ」


「……そうかよ」


 ふうと呆れの溜め息をついて、ブラックはリンから手を離した。たったそれだけの一連の動きすら、妙に様になっているのはなぜだろうかと、スイは疑問を持った。


→ (2)


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