父を映した守護霊 (2)



「……本当にごめんなさい、ルーピン先生」


 後ろ姿を見送って、リンは半ば呆然と呟いた。なんというか、今日の彼は災難が多すぎる。厄日なのかもしれない……。ルーピンに同情するリンに、バックビークが身をかがめてすり寄ってくる。


「ああ、ありがとう、バックビーク……」


 お礼を言って嘴を撫でるリンの元に、ハリーたちが駆けてきた。リンが立ち上がる前に、ハーマイオニーが倒れ込むように抱きついてくる。地味な痛さにリンは少しだけ顔を歪めたが、ハーマイオニーはお構いなしだった。


「リンッ! あなた、大丈夫なの?」


「う、うん……バックビークが助けてくれたから」


「ああもう! なんて無茶なことをするの? 分かってるの? あなた、死んでいたのかもしれないのよ!」


「ご、ごめん、ハーマイオニー……」


 物凄い剣幕の友人にドギマギたじろいでいたリンは、不意にハッと顔を上げた。遠くでキャンキャン鳴く犬の声が聞こえたのだ。


「……シリウス」


 ポツリと零して、ハリーが駆け出した。驚いて反応が遅れるハーマイオニーを置いて、リンが素早く立ち上がってハリーを追う。ついてこようとしたバックビークを振り返って、リンは叫んだ。


「君はハーマイオニーについていて。彼女を守って!」


 もう狼人間が来ることはないだろうが、念のためだ。バックビークは名残惜しげに鳴いたが、無理にリンを追っては来なかった。制止してくるハーマイオニーの叫び声を無視して、リンは湖へと全力疾走した。



 湖の岸に辿り着くころには、もうハリーが杖を構えていた。目を瞠って、リンはハリーに駆け寄る。


「ハリー! なにをする気? 余計な手出しは、」


「やらなきゃいけないことをするだけだよ! 僕、分かったんだ!」


 言葉の意味を掴みあぐねるリンをよそに、ハリーは叫んだ。


「エクスペクト・パトローナム!」


 ハリーの杖の先から、目も眩〔くら〕むほど眩〔まぶ〕しい、銀色の動物が噴き出した。大きくて、四足で、角が生えているようなシルエットだ。


 呆然とするリンを置いて、ハリーが「行け!」と叱咤した。


「シリウスとリンを助けるんだ!」


 それに応えるように、銀色の動物 ――― 守護霊が、頭を下げ、暗い湖の面〔おも〕を、向こう岸へと音もなく疾駆していく。群がる吸魂鬼に向かって突進していく……それを見たリンは、無意識に杖を取り出した。


「……エクスペクト・パトローナム」


 リンの杖の先からも、ぼんやりした霞ではなく、眩しく輝く銀色の動物が現れた。翼のようなものを、大きく羽ばたかせている。


「ハリーを ――― みんなを助けて」


 リンが言い終わる前に、守護霊は向こう岸へと飛行していた。地上にいるハリーの守護霊を尻目に上から襲おうとしている吸魂鬼たちを、颯爽と追い払っていく。


 二体の力強い守護霊の出現に、吸魂鬼たちが後ずさりしていく。散り散りになり、暗闇の中に退却し……いなくなった。


 守護霊たちが向きを変えた。主の元へと、それぞれ緩やかに近づいてくる。ハリーとリンは、それぞれ食い入るように自身の守護霊を見つめた。


「……プロングズ」


 ハリーが震える声で呟いたのを聞きながら、リンは、空中に浮遊している自分の守護霊を見つめた。この鳥が何なのか、リンは知っている。これと同じ種類の鳥を、見たことがある。


「……不死鳥……」


 触れようと手を伸ばすと、それはフッと消えてしまった。ハリーの守護霊も同様だった。辺りが暗闇と静寂とに包まれる。


→ (3)


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