父を映した守護霊 (1) 「出てきたわ!」 一時間以上が経過したときだった。ひたすら「暴れ柳」の方を見つめ続けていたハーマイオニーが、ハッと囁いた。 三人は立ち上がった。バックビークが首を上げる。三人(と一頭)の視線の先で、ルーピン、ロン、ペティグリューが、根元の穴から窮屈そうに出てきた。次はハリーとハーマイオニーだった。それからスイとリン、最後にブラックだ。全員が城に向かって歩き出した。 リンの鼓動が速くなった。チラリと空を見上げると、月を隠している雲が流れていくところだった。もう間もなく、月が露〔あらわ〕になる……。 「いよいよだわ……」 月が雲の陰から滑り出たとき、ハーマイオニーが呟いた。校庭の向こう側で、小さな人影が立ち止まったのが見えた。 「ルーピン先生が変身するわ ――― 」 「あ。私、いま先生に吹っ飛ばされたよ……けっこう飛んだなぁ……」 「バカなこと言ってないで、集中してちょうだい!」 妙な感動をしているリンを、ハーマイオニーがピシャリと叱りつける。それに対して、リンは「はいはい」と肩を竦める。ハリーは、つい笑いそうになるのを必死で抑えた。 ペティグリューがロンに杖を向けた。光が炸裂して、ロンが倒れたまま動かなくなった ――― それを見て、リンはサッと駆け出した。高く生えている草を掻き分け、渦中へと近づいていく。 『動くな!』 前方からハリーの怒号が聞こえた。同時に、ペティグリューが変身して草むらに飛び込んだのが見えた。リンの目がキラリと輝く。 草むらを透視して、リンはペティグリューの姿を捉えた。そのまま、念力を使ってネズミを引き寄せる。前に出した手の中に、キーキー鳴きわめいているネズミが飛び込んできた。 「……捕まえた」 ニッと口角を上げ、リンは、ネズミの首回りを締めつけるように押さえつけた。ジタバタ暴れていたネズミの動きが、やや大人しくなる。 ふうと息をついて、リンはネズミを母の元へと転送した。これでミッションクリアかと、肩の力を抜く ――― そんな暇はなかった。 ぞわりとした悪寒が背筋に走り、リンの頭の中で警鐘が鳴り響く。反射的に顔を上げたリンは、頬を引き攣らせた。 「……冗談は、笑える程度にしてくれないかな」 思いがけないところで出くわした獲物に興奮して、勢いよく飛びかかってくる狼人間を前に、さすがのリンも焦った。 この至近距離と勢いでは、超能力をもってしても避けようがない ――― 万事休すと観念したリンの耳に、蹄の音が届いた。 「………っ!」 音の正体が何なのか、リンが認識する間もなかった。鋭い鳴き声と同時に、キラリと光る何かが、狼人間を突き飛ばしていた。うねるような空気の衝撃を受けて、リンが地面に倒れ込む。 呻きながら首だけ起こしたリンは、ヒッポグリフがリンと狼人間の間に立ちはだかっているのを見た。リンを背後に庇って、低く唸っている。 狼人間が、体勢を立て直し、牙を剥き出して威嚇する。それに対して、ヒッポグリフも臨戦態勢を取った。バッサバッサ、派手に翼を羽ばたかせ、カチカチと神経質そうに嘴を鳴らす。 「……バックビーク……」 リンが呟いた瞬間、狼人間が再び飛びかかってきた。それを退け、バックビークは吼えるように鳴き、翼を勢いよく広げながら後ろ脚で立ち上がった。 鋼色の鉤爪を辛〔から〕くも避けた狼人間は、勝ち目のなさを悟って弱々しい悲鳴を上げ、森の奥へと逃げていった。 → (2) |