「逆転時計」 (1)



 三時間の時間を越えて、リンたちは、誰もいない玄関ホールに降り立った。正面玄関の扉が開いていて、金色の太陽の光が、流れるように石畳の床に差し込んでいる。なかなか綺麗な光景だと感想を抱いていると、不意に「時計」の鎖がリンの首に食い込んだ。


「う、あ」


 急いで振り返ると、ハーマイオニーがハリーの腕を掴んで、ずんずん進んでいく。先に鎖を外してくれればいいのに、と思いながらも、リンは二人のあとを追った。


 箒置き場の中に連れ込まれたところで、リンはようやく鎖から解放された。ふうと息をつくリンの横で、ハリーとハーマイオニーが「逆転時計」について話し出した。


 説明はハーマイオニーに任せて、リンは箒置き場の戸越しに聞こえてくる音に意識を集中させる。三人分くらいの足音がする……ひどくゆっくりと、玄関ホールを横切っている。「透明マント」をかぶったハリーたちだろうと、リンは見当をつけた。


「 ――― でも、私、分からないわ」


 「時計」についての説明を終えたハーマイオニーが、困り果てた様子で言った。


「ねえ、リン。ミセス・ヨシノは、どうして三時間戻せっておっしゃったのかしら? これから私たち、いったい何をすればいいの?」


「……愚鈍で自己中な貧弱野郎の鼻っ柱を折る」


 至極真面目に言ったリンの頭を、ハーマイオニーが叩いた。ハリーが目を点にする。それとは対照的に、リンは普通に頭を押さえ「……痛い」と呟いた。


「私は、それがどういう意味かって聞いたのよ!」


 ハーマイオニーがプリプリと小声で怒鳴る。もし彼女の頭上に、ゆらゆら揺れるバケツがぶら下がっていなければ、さぞかし迫力満点の怖い光景になっただろうな……と、リンは思った。


「えーっと……そもそも、その『貧弱野郎』って誰のこと?」


 状況をなんとかしようと、ハリーが質問した。ハーマイオニーも「それよ」と頷く。リンは目を瞬かせた。


「……ああ、それが分かってなかったんだ」


 なるほど、だから何をすればいいのか分からなかったのか。納得するリンに、二人の視線が突き刺さる。リンは苦笑した。


「母さんが毛嫌いしてる人だよ。二人共が知ってる人。……去年、彼らのバトルを見てるでしょう?」


「まさか ――― マルフォイ氏?」


 ハリーとハーマイオニーが、本当に「まさか」という表情で言った。リンは曖昧に首肯した。


「えっと、それで、私たちは何をすればいいのかしら? その、マルフォイ氏の……」


「……彼に、一泡吹かせるには」


 口ごもるハーマイオニーのあとを、リンが引き継いだ。「そう、それには」とハーマイオニーが頷いた。


「三時間前……僕たち、ハグリッドのところへ向かってたね」


 ハリーが呟いた。顔をしかめて、精神を集中させているようだった。ハーマイオニーも考え込んでいる。リンは、二人を静かに眺めつつ、外の音に耳を澄ました。


「……そうか! 分かったぞ!」


 ハッと気づいた様子で、ハリーが囁いた。


「僕たち、バックビークを救うんだ!」


「それは……でも、そんな、」


「そうすれば、マルフォイ氏の目論見〔もくろみ〕は失敗するし、ハグリッドも喜ぶ ――― マルフォイにも仕返しができる!」


「いくらか私情が入ってるよ」


 リンが言ったが、ハリーは気にしていない。ようやく視界に入ってきたゴールに意識を向けていた。まぁいいか、とリンは肩を竦めた。


→ (2)


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