ヴォルデモート卿の召使い (3)



「こいつは、また私を殺しにやってきた!」


 ペティグリューが金切り声を出して、中指でブラックを指差した。人差し指がなくなっているのを、リンは確認した。それからブラックを見ると、恐ろしいほど無表情だった。暗い奥知れない目でペティグリューを睨みつけている。


 その迫力に若干たじろぐスイを、リンはそっと優しく撫でてやる。そして、始まった大人三人の応酬に(一応)耳を傾けた。



 正直言って、リンは退屈していた。ブラックとペティグリュー、どちらが嘘をついているのか、二人を見た時点で悟ったし、ダメ押しで超能力を用いて二人の記憶を覗いてみても、やはり完全にペティグリューが黒だった。なのでリンは、いま行われている応酬には興味が湧かなかった。


 それより、むしろ気になっているのは、隣の部屋だった。先程から“何か”が(もしくは“誰か”が)いるのは分かっているのだが、それが何(誰)なのかが分からない。巧妙に隠れているというか、隠されているというか、とにかく気配が読めない。微かに身じろいだりしているのは分かるが、しっかりした像が掴めない。


 いったい何者なのか。不審に思うリンだが、答えが出ないものは仕方ないので、時折観察する程度で、特に深くは考えない。こちらに危害を加える気がないなら、それでいいのだ。


 あっさりと壁から目を離し、リンは再びブラックへと意識を向けた。彼はいま、ハーマイオニーから質問を受け、どうやってアズカバンから脱獄したのか、考えながら話しているところだった。それを聞きながら、リンは思う。


 べつに、分からないなら分からないで、そこまで真剣に考え込まなくてもいいんじゃないか。火事場の何とやらということだったのだろう。思いがけないところで、驚くほどの力を発揮する ――― 人間とはそういうものだ。


 達観的な思考をしていたリンは、ふとブラックと目が合った。彼は、今度は脱獄したあとのことを話し、ハリーの飛行技術を褒めていたところだった。


「……君も……」


 言うべきか言わないでおくか迷っているような調子で、ブラックが途切れ途切れ言った。リンは首を傾げる。肩の上のスイも興味津々のようだ。


「君も、飛ぶのが上手い……その……」


「……『お父さんに負けないぐらい』に?」


 先程ブラックがハリーに言っていた言葉を、リンは引用した。ブラックは驚いたのか、軽く口端を上げるリンをマジマジと見つめたが、フッと笑みを零して、頷いた。そうして、神妙な顔でこちらを見ていたハリーを振り返る。


「……ハリー、信じてくれ」


 ハリーと見つめ合い、掠れた声でブラックは言った。


「信じてくれ。私は決してジェームズやリリーを裏切ったことはない。裏切るくらいなら、私が死ぬ方がマシだ」


 それを聞いて、リンは一瞬だけ微かに眉をひそめた。それに気づいたスイは気になったが、リンの表情からは何の感情も読めなかったので、追究を諦めた。


 溜め息混じりで尻尾を軽く振って、ハリーがブラックに向かって頷くのに視線を向ける。ペティグリューが、ガックリと膝をついて、ブラックへとにじり寄った。


「シリウス ――― 私だ……ピーターだ……君の友達の……」


 無表情のブラックが、ペティグリューを蹴飛ばそうとしているのか、足を振る。ペティグリューは慌てて後退した。


「私のローブは十分に汚れてしまった」


 相変わらずの無表情で、しかも冷めた目で、ブラックはペティグリューを見下ろす(なかなかな迫力……と呟いたリンの頭を、スイが叩〔はた〕いた)。


「この上、お前の手で汚されたくはない」


「リーマス……ッ!」


 今度はルーピンの方へ向き直り、ペティグリューは憐みを乞うように金切り声を上げた。しかし、ルーピンは実にさりげない調子でペティグリューを無視し、袖を捲り上げながらブラックを見た。


→ (4)


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