犬と狼 (2)



「この十二年間、私はシリウスの友ではなかった。しかし、いまはそうだ……説明させてくれ……」


「ダメよ!」


 再びハーマイオニーが叫んだ。スイがフーッと威嚇する音がする。ハリーの横で、リンがルーピンを振り返る。ハリーは手を伸ばして、リンを自分の背後に庇った。


「ハリー、騙されないで。この人はブラックが城に入る手引きをしていたのよ。この人もあなたの死を願ってるんだわ。 ――― この人、狼人間なのよ!」


 ハーマイオニーの言葉は、まさに爆弾のようなものだった。彼女の声の余韻だけを残して、部屋に沈黙が流れる。いまや、すべての目がルーピンに集まっていた。ルーピンは青ざめてはいたが、驚くほど落ち着いているように見えた。


「……発言の意味が、分からないな」


 痛いような沈黙を破ったのは、ルーピンではなく、リンだった。震えている声を聞いたハリーは、リンを振り返り、息を詰めた。


「まるで、狼人間であることが、悪事に手を染め他者の死を願う理由として、十分だとでも言いたそうに聞こえる」


 ゾッとするくらいに冷え切ったリンの声は、怒りに震えていた。剣呑に細められた目が、竦み上がっているハーマイオニーを射抜いている。ハリーは、これほどまでに怒っているリンを見たことがなかった。


「狼人間だから、ルーピンの言うことなど信用できないと? ふざけるな ――― ルーピンが狼人間で、だから何だと? そんなもの、些細なことじゃないか。君はこの一年間、いったい何を見てきた? ルーピンが、穏やかで暖かい心の持ち主だと分からなかったのか? それとも ――― 分かっている上で、狼人間だからと突き放しているのか?」


「ちが……リン、違うの……私、そんなつもりじゃ……」


 いつか見た、ミセス・ヨシノが発した威圧感。それに通じる迫力を前に、ハーマイオニ―が息を呑み、ガタガタ震えながら、弱々しく囁く。リンの目が、苛烈に輝いた。その瞬間だった。


「 ――― 落ち着きなさい、リン」


 深く息を吐き出して、ルーピンがリンを諌めた。


「脅しているように聞こえるよ」


「………」


 リンは無言でルーピンに視線を向け、それからハーマイオニーを見た。スイがリンの肩を右から左へ移動し、リンの頬をピシッと叩いた。リンは静かに深く肩で息を吸い込み、ハーマイオニーから視線を外し、彼女から数歩分離れた。


 ホッと力を抜くハーマイオニーに、ルーピンが話しかける。


「……さっきの言葉だがね、ハーマイオニー。残念ながら、三問中一問しか合ってない。私はシリウスが城に入る手引きなんかしていないし、もちろんハリーの死を願ってなんかもいない……」


 深く息を吸い込んだルーピンの顔に、奇妙な震えが走った。


「……しかし……私が狼人間であることは、否定しない」


 部屋の隅の方でロンが息を呑んだが、リンを意識しているらしく、何も言わなかった。ルーピンはロンの方を一瞥して、またハーマイオニーの方を向いた。


「スネイプ先生が出したレポートを書くときに気づいたのかい?」


 確証があるような調子で、ルーピンは聞いた。


「月の満ち欠け図を見て、私の病気が満月と一致することに気づいたんだね? それとも、『まね妖怪』が私の前で月に変身するのを見て気づいたのかな?」


「両方よ」


 小さな声で囁いたハーマイオニーに、ルーピンは無理に笑ってみせた。


→ (3)


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