犬と狼 (1)



「エクスペリアームス!」


 ハリーが持っていた三本の杖が、彼の手から飛び出して宙を飛んで、ルーピンの手の中に収まった。それを見て、ハリーは急に虚ろな気持ちになって立ち竦んだ ――― とうとうやらなかった……。空虚感を漂わせるハリーの腕に、リンが空いている手をそっと乗せる。


 荒々しく入室してきたルーピンは、ブラックを見据えたまま口を開いた。


「シリウス、あいつはどこだ?」


 一瞬、わけが分からなくなって、ハリーはルーピンを見た。しかし、彼の表情からは何も読み取れず、ハリーは再びブラックを見た。


 ブラックは無表情で、数秒間、まったく動かなかったが、ふと、ゆっくりと手を上げ、真っ直ぐにロンを指差した。ますます不審に思いながら、ハリーはロンを見た。ロンも当惑しているようだった。ハリーは、ハーマイオニー、リンへと視線を移したが、頼れる頭脳である彼女たちも、この状況を理解できているわけではないようだった。


 静寂に満ちた室内に、ルーピンの小さな呟きだけが響く。ハリーたちには理解できない内容の呟きを一言二言漏らしたあと、ルーピンはハッと何かに気づいた様子で、ブラックを見た。


「 ――― もしかして、あいつがそうだったのか? 君はあいつと入れ替わりになったのか? 私に何も言わずに?」


 落ち窪んだ眼差しでルーピンを見つめ続けながら、ブラックがゆっくりと頷いた。ハリーは我慢ができず、割って入ろうと大声を出した。


「ルーピン先生、いったい何が ――― 」


 ハリーの問いが途切れた。目の前で起こったことが、ハリーの声を喉元で押し殺してしまった ――― ルーピンが、構えた杖を降ろしてブラックの方に歩いていき、彼の手を取って助け起こし、兄弟のようにブラックを抱き締めたのだ。


 ハリーは胃袋の底が抜け落ちたような気が ――― そして、リンに掴まれている腕が、微かに締め付けられる感覚もした。


「 ――― なんてことなの!」


 ハーマイオニーの鋭い叫び声が、その場の空気を引き裂いた。ルーピンはブラックを離し、ハーマイオニーの方を見た。ハーマイオニーは目をランランと光らせていた。


「先生は ――― 先生は、その人とグルなんだわ!」


「ハーマイオニー、落ち着きなさい ――― 」


「私、誰にも言わなかったのに!」


 ルーピンの制止する声を無視して、ハーマイオニーが叫んだ。


「先生のために、私、隠してたのに ――― 」


「ハーマイオニー、話を聞いてくれ。頼む! 説明するから ――― 」


 必死な様子のルーピンを見て、ハリーはまた身体が震え出したのを感じた。恐怖からではなく、新たな怒りからだった。リンが、ハリーを制止するように、ハリーの腕を握る力を強めたが、ハリーはその手を振り切った。


「僕は先生を信じてた ――― それなのに、先生はずっとブラックの友達だったんだ!」


「それは違う!」


 ルーピンが鋭い声で否定した。ハリーの視界の隅で、リンの肩が跳ねた。


→ (2)


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