ホグワーツでのクリスマス(3)



 それにしても、こうしてまったくの一人で校内を歩くのは随分久しぶりな気がする。普段はハンナたちが一緒だし、休みの日もスイを肩に乗せているから、新鮮な気分だ。


 機嫌良く廊下を歩いていると、不意に声をかけられた。


「………ミス・ヨシノ?」


 立ち止まったリンが振り返った先には、クィレルがいた。本を何冊か腕に抱えている。相変わらず青白い顔をしていたが、リンを見つけたことに対する驚きが体を支配しているのか、いつもと違って震えてはいなかった。


「こんにちは、クィレル先生」


 リンが挨拶すると、クィレルはいつも通りに頬を引き攣らせて、どもりながら挨拶を返した。本を持つ指先が神経質に動いている。そのままクィレルは、ゆっくりとリンの方へ歩み寄ってきた。


「め、珍しい、ですね? き、君が、一人で、い、いるなんて。と、特に、今日は、ク、クリスマス、なのに」


「ハッフルパフの生徒はみんな帰ってしまったし、スイは、いま昼寝中で」


「そ、そうですか……それは、さ、寂しい、でしょうね?」


 無意識にか、本の表紙を撫でながら、クィレルは落ち着きなく言った。


 リンは首を傾げる。いつもよりどもりがひどい。緊張でもしているみたいだ。まるで、リン以外の誰かの目を気にしているかのように。


 この廊下には二人しかいないはずだが、と思うリンに向かってクィレルは硬い微笑みを見せた。


「こ、これから暇なら、わ、私のけ、研究室に、き、来ませんか? き、君の興味を、引きそうな本が、いくつかあるので」


「……本、ですか?」


「む、無論、危険なものは、お、お見せできませんが」


 どうかと問われ、リンは少し逡巡した。時間的にも内容的にも、特に断る理由はない。クィレルは言動こそ少し怪しい(挙動不審?)が、授業自体は面白い。そんな彼が薦めてくるような本ならば、一見する価値はありそうだ。


「……では、お邪魔します」


 リンが微笑むと、クィレルは一瞬肩を跳ねさせたあと、ぎこちなく笑った。


「で、では、どうぞ、こ、こちらです」


 先導を始めた彼の後ろを歩きながら、リンは、不意に視線を巡らせる。


 ……いま、一瞬だが、何かの視線を感じた。しかし廊下には誰もいないし、絵画の中の人物たちもどこかへ出かけているようで、本当にクィレルとリンだけだ。その彼は真っ直ぐ前を向いて歩いているので、リンを見ることなどできはしない。……気のせい、だろうか。


 不思議に思ったリンだが、クィレルが振り返って首を傾げたので、慌てて彼の元へと走る。


 彼から廊下は走らないようにと軽い注意を受け小さく謝罪したリンは、深く考えないことにして、今度はしっかりと彼のあとをついていった。



 そして、彼の蔵書を気に入ったリンは、これから先、何度か彼の元へと足を運ぶようになるのだった。


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