忍びの地図 (7)



「でも ――― ヨシノの人たちは、『例のあの人』に力なんか貸しませんでしょ?」



 マダム・ロスメルタが困惑した声を出すと、マクゴナガル先生が頷いた。



「ええ、そうですとも。彼らは、身内にしか心を尽くしません」


「その通り」



 ハリーの両親が死んだときの話をしてから興奮していたハグリッドが、ようやく落ち着き、どう考えても笑っている声で請け合った。



「奴〔やっこ〕さんら、だいたい自分の身内か、身内だと思ったもんにしか興味を持たねえ。ほかの奴らがなに考えてなにやってどうなろうが、あいつらにはまーったく関係ねえんだ。勝手にやってろって見てる。頼まれても力なんか貸さねえ。あんまり可哀想だったり、自分らにも被害が出るっちゅうんなら、仕方なく貸すだろうがな」


「それなら、ブラックがヨシノの能力を『あの人』に渡すなんて、できませんわね?」


「そんな単純な話じゃないんだよ、ロスメルタ」



 気楽に笑ったマダム・ロスメルタに、ファッジが首を振り振り言った。



「忘れたのかね? あのナツメ・ヨシノが誰と ――― アー、結ばれたか……」



 ファッジの口からその名前が出た瞬間、ハリーの手を握っていたリンの指先に、さらに力が込められた。ハリーがそっと横目でリンを見ると、彼女の白い顔に緊張の色が浮かんでいた。



「ああ……」



 マダム・ロスメルタの声には、観念が表れていた。



「もちろん覚えてますわ……ガセネタかと思ってましたけど。だって、想像つきませんでしょ? あの子が嫁ぐなんて……それも、あのブラック家に!」



 ハーマイオニーが息を呑み、慌ててマントを引っ張り上げて口元を覆った。ハリーとロンがジョッキを取り落としそうになったが、リンが感情の読めない視線を向け、杖を振ったりすることなく、それらを宙に浮かせ、ゆっくり静かにテーブルの上に置いた。


 マダム・ロスメルタがさらに続ける。



「一緒にいるところを何度か見ましたけど、あの子たち、そんな雰囲気には全然見えませんでしたわ……それに、結局、別れたのでは?」


「正式な婚姻を結ばなかっただけで、その ――― 関係とやらは続きましたよ」



 マクゴナガル先生が「破廉恥な」とでも言いたげな雰囲気で言った。



「異国の人間と婚姻関係を結ぶことに、ヨシノの者たちが強固に反対したのです。イギリス人との婚姻など、特に許されるべきではないと彼らは主張しました……それも道理でしょう。当時のイギリスでは『例のあの人』が権勢を握ろうとしていましたからね」


「実は、ブラック家の方でも、似たような論争があったそうですよ」



 フリットウィック先生が、昔話を思い出すような調子で言った。



「由緒あるブラック家に異国の血を交えるとは! とかなんとか……まあ、その反面、ヨシノに近づけると打算してもいたようですがね……」


「その打算的思考に嫌気が差したのもあり、彼らは結局、式も挙げず、籍も入れず、ひっそりと同棲を始めたのです……」



 マクゴナガル先生が重苦しい溜め息をつき、みんなが沈黙した。ふと気づくと、ハリーだけじゃなく、ロンとハーマイオニーまでが、リンを盗み見ていた。しかしリンは無表情で、何を思っているのか読み取れない。


→ (8)


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