恐怖の試合 (4)



「くっそ、だからヴィクターだけゴール決めてたのか!! 俺とデイヴはクアッフルを取ってキープするので精いっぱいだったのに!!」



 わめくロバートの周りで、その他のメンバーが「セド、俺らもやっとくか」「そうだね」「あの、誰か、杖を貸してくれません、か」「デイヴ、ヴィックにやってもらえ。上手いから。な、ヴィック」「……任せろ」などと会話する。


 一気に緊張感がなくなったと思いながら、リンは小さく笑った。



「和気藹々としているところ申し訳ないのですが、先輩方、そろそろタイムも終わると思いますよ」



 リンが指摘したとき、またホイッスルが鳴った。試合再開だ。真剣な顔つきに戻ったメンバーを見つつ、箒の柄を握り締めてフィールドを見据え、リンは飛び上がった。





 何度かスニッチらしきものを見つけたが、そこに行くまでに妨害が入り ――― たとえば、クアッフルを奪い合うチェイサーの軍団が目の前を横切ったり、ハリーが飛んできたり ――― 避けている間に、スニッチ(仮)は消えてしまった。


 また雷がバリバリと鳴り、樹木のように枝分かれした稲妻が走った。リンの背筋が一瞬だけ凍る。ふるりと頭を振り、リンは高度を上げた。間一髪、リンの箒の下をブラッジャーが通過する。


 早くスニッチを見つけないと ――― 。フィールドの中心に戻ろうとして、リンは向きを変えた。その瞬間、カッと光った稲妻がスタンドを照らした。リンは目を見開く。 ――― 巨大な毛むくじゃらの黒い犬が、空をバックに、くっきりと影絵のように浮き上がった。一番上の誰もいない席にじっとしていて、リンを見ている。


 ぎゅっと箒の柄を握る手に力を込めたとき、視界の端で何かが煌めいた。リンはそちらに意識を向ける ――― スニッチが、フィールドの遥か上空へと羽ばたいている。冷え切った身体に熱が宿った。リンはスニッチに向かって全速力で飛んだ。


 背後から誰かが追ってくる気配を感じた。誰か、なんて、振り返らなくても分かる。リンは箒の上に真っ平に身体を伏せて速度を上げた。スニッチはどんどんフィールドから離れて上昇していく。雨が激しく顔を打つ。ハリーの箒の柄がリンの視界の端に入ってきた。リンは眉を顰〔ひそ〕め、「がんばって」と箒を激励した。


 突然、奇妙なことが起こった。


 周囲に気味の悪い静寂が訪れた。雨風は相変わらず激しかったが、唸りを忘れてしまっていた。誰かが音のスイッチを切ったかのような、リンの耳が急に聞こえなくなったかのような……いったい何が起こっているのだろう?


 リンの指先が意図せず震え出した。恐ろしい感覚が、冷たい波が、リンを襲い、心の中に押し寄せる。視界の端を“なにか”が掠めた。スニッチでもハリーでもなかった。リンの頭の中で警鐘が鳴り響く。



「 ――――― っ!」



 黒い影が次々と現れて、リンの目の前を横切った。ガラガラと、恐ろしい音が周りに響く。氷のような水がリンの胸にヒタヒタと押し寄せ、身体の中を刻むようだった。そして、稲妻が走るのに呼応して、また“あの”恐ろしい感覚がリンの中で蘇る。

 身体が震える。状況を打開しなければと思うのに、どうにもできない。数が多すぎる。それに、本物の雷の威力は、想像以上にリンを苦しめた。


 凍りついた指先が箒の柄を滑り落ちる。ガクンと身体が揺れ、視界が霞む。キラリと“なにか”が光る。ぼんやりした思考の中、リンは、かすかな使命感に駆られるまま、それに手を伸ばした。



「………っ」



 身体を冷気が襲う。ガラガラという音が、すぐ耳元でする。獣の咆哮と、耳を裂くような雷鳴。それらと共に断末魔の叫びが聞こえる。クラクラするが、リンは必死で指先を伸ばす。あと少し……掴んだ。


 “なにか”がリンの肩を掴んだ。箒から手が離れて、身体がふっと浮き、すぐに落ちていく感覚がした。それを最後に、リンの意識は途絶えた。


→ (5)


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