二人で留守番 (5)



「確かに、最初はヴォルデモートを思い浮かべました」



 困惑しながら、ハリーは正直に言った。リンが興味深げに視線を寄越してきたのが、視界の端に見えた。



「でも、僕 ――― 僕は、吸魂鬼のことを思い出したんです」


「そうなの? おそろいだね、ハリー」



 紅茶のカップを膝の上に載せたリンが、静かに、そして気軽に言った。ハリーとスイがリンを見る。



「君も? 君も吸魂鬼を思い浮かべたの?」


「思い浮かべたっていうか、まね妖怪が実際“それ”になったんだよ」



 そのときのことを思い出したのか、リンの表情が少し暗くなった。しかしそれも一瞬で、すぐにいつもの理知的な雰囲気に戻って、水魔のいる水槽を見やる。水魔が水草の茂みから出てきて、リンたちに向かって拳を振り回していた。



「………なるほど」



 不意にルーピンが呟いた。考え深げな表情だった。ハリーとリンを交互に見て、ふっと笑みを浮かべる。



「感心したよ……それは、君たちが最も恐れているものが、恐怖そのものだということなんだ。とても賢明なことだよ」


「恐怖そのもの……?」



 いまいち理解できず首を傾げるハリーに、ルーピンは「ああ」と頷いた。ハリーの横で、リンがのんびりと紅茶を口に含む。


 穏やかな目で見つめてくるルーピンを見つめ返して、ハリーはなんと言っていいか分からず、とりあえず視線を下げ、紅茶を少し飲んだ。恐れているものが恐怖そのものとは、いったいどういう意味だろう?


 そしてハリーはふと、以前リンが言った言葉を思い出した。



 ある『もの』を人が恐れるとき、人はその『もの』に恐れを抱いているのではなく、その『もの』から連想されるものに対して恐れを抱いている



 ハリーは、吸魂鬼が恐いと思っている。だけど、リンとルーピンは、違うと言っている。じゃあ、ハリーが恐れているものは何だろう? 吸魂鬼か? それとも ――― 。




「さて。リン、ハリー」



 突然ルーピンが声を出したので、ハリーの思考は中断せざるを得なかった。意識と視線をルーピンに向ける。ルーピンは、自分の分の紅茶をきれいに飲み干したところだった。



「もうそろそろ帰りなさい。私は仕事を続けるからね。あとで、宴会で会おう」


「はい」



 ハリーは空にした紅茶のカップを置いた。相変わらず水魔を眺めていたリンは、急いで紅茶を飲み干して立ち上がり、スイを肩に乗せる。



「お邪魔しました」



 ペコリと丁寧に頭を下げ、リンは部屋を出た。ハリーもそれに倣い、ルーピンの部屋を後にする。ドアまで歩いていく途中、ルーピンの部屋に掛かっているカレンダーに三日ほど続けて丸印がついているのが見え、それが妙に印象に残った。



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