生身も、幽体も、魂も(4)



 一人で階段を上がり、廊下を歩いていると、何かに躓〔つまず〕いて前につんのめった。まったくもう! イライラと振り返り、いったい何に躓いたのかを見て ――― ハリーは、すうっと硬直した。


 そこにいたのは、石になったジャスティン・フィンチ‐フレッチリーと、黒く煤〔すす〕けた無残な姿の「ほとんど首無しニック」、そして ――― ハリーは、胃が溶けてしまったような気がした ――― 冷たく硬直したスイだった。


 パニック状態で突っ立っていると、ピーブズがハリーたちを見つけ、大声で叫んだ。その声で、次々と廊下のドアが開き、中からドッと人が出てくる。すぐさま大混乱になった。


 マクゴナガル先生が走ってきて、杖から大きな音を出して騒ぎを鎮め、生徒に教室に戻るよう命令した。そのときだった。



現行犯だ!



 誰かが叫んだ ――― 顔面蒼白のアーニーがハリーを指差している。



「おやめなさい、マクミラン ――― 」



 マクゴナガル先生の叱責は、悲鳴に近い声に掻き消された。



「 ――― スイッ!!」



 リンだった。

 アーニーに負けないくらい蒼白な顔で、口元を両手で覆っている。ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーの側に転がっている自分の相棒を見て、明らかにショックを受けていた。今にも卒倒しそうだ。



「……ああ、そう! 『血がどうとかいう問題じゃない』って、こういうこと! マグル出身だけじゃなく、純血でも邪魔する奴は襲うっていうの!」



 さっき図書館にいた、くせ毛の女子生徒が、リンの前に立って、ハリーを睨んだ。その背後に、ハンナと、長い三つ編みの女生徒が、リンを宥めようとしているのが見えた。



「決闘クラブで邪魔したリンへの見せしめってわけ?」


「ベティ・アイビス! お黙りなさい!」



 マクゴナガル先生が一喝した。ベティは悔しそうに黙ったが、彼女の言葉は、瞬く間に生徒の間に広まった。ひそひそと囁きが起こり、無数の視線がハリーに突き刺さる。

 先生たちが、ほとんど命令に近い指示を出して、生徒をそれぞれの教室に追い返していく。

 授業がないリンも、友人たちに連れられて、去っていく。あの様子からして、行き先は医務室かもしれない……ぼんやりと、ハリーは現実逃避をした。


 ついに、廊下に残されたのは、マクゴナガル先生とハリーだけになった。



「おいでなさい、ポッター」


「先生、誓って言います。僕、やってません ――― 」


「私の手に負えないことです」



 マクゴナガル先生は素っ気ない。ハリーは黙ってついていく他なかった。


 とぼとぼと惨めな気持ちで歩きながら、不意に、悲鳴を上げたリンを思い出した。あのときの彼女は、ダイアゴン横丁で母親に置いていかれたときと同じ目をしていた。


 ハリーは、胸の中に何かとても重いものが落ちてきたような、そんな感覚を覚えた……。



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