土曜日の天候は、予想通り最悪だった。巨大なバケツをひっくり返したかのように雨が降り注ぎ、雷鳴は低く高く轟き、風は荒れ狂い、「禁じられた森」の木々が軋み合っていた。

「………」

 シンとした室内で、リンは重い溜め息をついた。豪雨や暴風は特に気にしないが、雷は、実は嫌だと思っている。雷光と雷鳴に、身体が勝手に反応してしまうのだ。

 今日はあまり良いプレイができないかもしれない……若干の不安を胸に、リンは着替えようと服に手を伸ばした。

 カナリア・イエローのユニフォームを身に纏ったリンが箒を手にして部屋を出るころ、スイやハンナたちも目を覚ました。

 慌てて支度をし出す同級生たちに小さく笑うリンのところに、特に身だしなみを整える必要のないスイが駆けてきて、服を伝って肩へと飛び乗ってきた。

「……先に大広間に行ってるよ」

 スイを撫でたあと、ルームメイトにそう言い残して、リンは部屋を出た。談話室に行くと、セドリックとエドガーが、リンと同じくユニフォーム姿でいた。

 リンが挨拶をすると、二人はそれぞれ違う表情をした。セドリックは微笑んだが表情がやや硬かった。反対にエドガーは笑わなかったが、明らかに欠伸を噛み殺そうとしていた。性格がよく分かるものである。

「よう! 予想通り、難しい天気だよな?」

 リンのあとに現れたローレンスが言った。口調こそ軽かったが、声音は硬かったし、笑顔も少しぎこちなかった。

 続いてやってきたヴィクターとデイヴィッドは、顔色が悪く、石のように無表情で、リンが挨拶してもコックリと頷くだけだった。

 最後にやってきたロバートは、誰よりも顔色が良かった。目もパッチリしていて、しっかりと熟睡したようだ。そして、チームメイトを見渡して首を傾げている。

「なんだ、みんな集まって。作戦会議? あれ、俺なにも聞いてないんだけど」

「………」

 誰もなにも言わなかった。ヴィクターとデイヴィッドに至っては、隈のある顔に恨めしそうな表情を浮かべてロバートを見ていた。きっかり五秒沈黙が続いたところで、エドガーが腕を動かした。

「空気読めよ、この能天気野郎が!!!」

「ぎゃぁあああ!!!」

 強烈なヘッドロックをかけられて、ロバートが絶叫した。リンは瞬き、スイやデイヴィッドは呆然とする。ほかのメンバーは溜め息をついたり苦笑したりしている。その間に、今度はコブラツイストが繰り出される。

「と、止めなくて、いいんですか?」

 ハッと我に返ったデイヴィッドが焦り出すが、ローレンスは「ほっとけ、ほっとけ」と笑った。ひらひらと手まで振っている。

「俺ら五年生の間じゃ、日常茶飯事だから」

「仲がいいんですね」

「……リン、その感想はちょっと違うと思う」

 苦笑して友人たちを見ていたセドリックが、さらに困ったような顔になった。リンは首を傾げる。

「どうしてプロレス技を知っているのかと、疑問を口にした方がよかったですか?」

「それはもっと違う感想だな」

 今度はローレンスがツッコミを入れた。リンの肩に乗るスイも、うんうんと頷く。その横で、セドリックは「プロレスって何だろう」という顔をする。読み取ったヴィクターが「格闘技の一種だ」と説明をした。

「ちなみに、俺がエドにプロレスの本を渡した」

「まさかのヴィックだと?!!」

 ローレンスが愕然とした。スイも思わずヴィクターを見る。どう見てもヒョロヒョロしたメガネキャラだが、まさか武闘派なのだろうか……。

「マグルの世界について知識があるんですか?」

「俺の叔母の夫がマグルで、格闘技に興味があるらしい。それで、この間その本が送られてきて、いらないからエドガーにやった」

「格闘技、興味ないんですか?」

「あまり好きではない。……リンは得意そうだな」

「……そうでしょうか?」

「昨年度、決闘クラブで女生徒を投げ飛ばしていただろう」

「あれは不可抗力です。好き好んでやったわけではありません」

「だろうな」

 だからそこじゃないよ論点は。内心でツッコミを入れるスイの傍で、「ヴィックがあんなに饒舌になるなんて……リンはすごいね」「セド、お前はボケないと信じてたのに」という会話がなされる。

「……あ、の。朝食、に、行かなくていい……ん、ですか?」

 おずおずとしたデイヴィッドの発言で我に返るメンバーを見て、スイが「結局みんな緊張感ないじゃないか」と思ったのは、誰も知らない。


**


 チームメイトたちと朝食を済ませたあと、リンはスイをハンナたちに預け、競技場へ向かった。

 途中でジンと目が合った気がしたが、すぐにほかの生徒たちが間に入ってきて彼の姿が見えなくなってしまったので、確証は持てなかった。

 フィールドに出ていくと、風の物凄さに、みんな横ざまによろめいた。耳をつんざく雷鳴が鳴り渡り、観衆が声援していても掻き消されて耳には入ってこなかった。

 雨に濡れて額に貼り付く前髪を掻き上げて、リンは空を睨んだ。こんな状況で、果たして無事に試合を終えることができるのだろうか? 怪我人が出そうじゃないか?

 不安がごく自然に湧き出たが、リンは首を振ってそれを頭のなかから打ち消した。そうなる前に自分がスニッチを捕まえて試合を終わらせればいいのだ。

 フィールドの反対側から、真紅のユニフォームを着たグリフィンドールの選手が入場してきた。

 キャプテン同士が歩み寄って握手をする。エドガーは雨にも負けないくらい爽やかに笑いかけたが ――― それを見て、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ケイティ・ベルがクスクス笑いをしたので、フレッドとジョージが顔を思いきりしかめた ――― オリバー・ウッドは、口が開かなくなったかのように頷いただけだった。

 決然としてるなぁと感慨を抱いたあと、リンは正面を見た。相手チームのシーカーであるハリーと目が合う。リンは、声をかけられない代わりに微笑みかけた。そのあと、すぐに視線をマダム・フーチに向ける。彼女の口が動く ――― 「箒に乗って」。

 リンは右足を泥の中から引き抜き、箒にまたがった。フーチがホイッスルを唇に当てて吹く。鋭い音が雨の中に響いて聞こえた ――― 試合開始だ。

 ぐっと箒の柄を握って泥を蹴り、リンは急上昇した。箒がやや風に煽られて流れたが、しっかりと意識を集中させると落ち着いた。



 五分もすると、リンは芯までびしょ濡れになり、凍えていた。見渡す限り、ほかのチームメイトも動きが鈍い。やはりこの天候は悪影響を与えてきている。できるだけ早くスニッチを見つけなければ……使命感に従って、リンは、グラウンドの上空をあちこち、紅色やら黄色やらの物体の間を抜けながら飛んだ。


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