| ハグリッドの「魔法生物飼育学」を終え、リンたちは大広間に向かい、ハンナ、ベティ、スーザンと合流し、一緒に昼食を取ったあと、みんなで「闇の魔術に対する防衛術」のクラスへ急いだ。
教室に入ると、机と椅子は片づけられ、がらんと空いた空間の中央に、ガタガタ揺れる古い洋箪笥が置かれていた。ルーピンは教卓の前に立っていて、次々と教室に入ってくる生徒たちに笑いかけた。リンやアーニーを始め、何人かがルーピンに会釈を返した。
クラス全員が揃うと、ルーピンが挨拶をした。
「やあ、みんな」
数人が「こんにちは」と返した。ルーピンは生徒のほうへと歩いてきた。
「さて、今日は実践練習をしようと思う。杖だけ手に持って、ほかの荷物は……そうだな、壁際に置いてくれるかい」
生徒たちは顔を見合わせて、指示に従った。
「実践練習か……グリフィンドールとレイブンクローがやったって言ってたな」
楽しみだと、アーニーが大げさに辺りを見回しながら言った。
「実践練習か……去年の決闘クラブみたいなものじゃなければいいのですが」
「あ。いま、リンが『やめろこのカール頭。悪夢を思い出させるな』って言った」
「な……っ! ふ、ふざけるな! リンの名を騙〔かた〕って発言するなど、なんと……おこがましい! 外跳ねボサボサ頭のくせに!」
「はぁ?!! アンタいまアタシにケンカ売った?!!」
口論を始めたジャスティンとベティに、アーニーとスーザンが溜め息をついた、しかし彼らが仲裁に入る前に、リンの「授業中なんだけど」という冷ややかな一言で、口論は収束した。
「さあ、準備はできたかな?」
ルーピンが生徒を見渡して言った。
「それじゃあ、始めよう。みんな集まって」
そろそろと、みんなが洋箪笥の前に集合した。洋箪笥はゴトゴトガタガタと激しく揺れている。ハンナとジャスティンが不安そうに洋箪笥を見た。
「そんなに心配しなくていい。なかにまね妖怪 ――― ボガートが入っているだけだ」
ルーピンがなんでもないように言った。だが、生徒の何人かにとっては、なんでもあるように聞こえたらしい。ハンナ、ベティ、ジャスティンが、それぞれ、リン、スーザン、アーニーの後ろに隠れるように一歩下がった。
「さて、まね妖怪とはなにか、説明できる人はいるかな?」
先生からの質問を受け、全員がリンを見た。ベティは名前まで呼んだ。
「じゃあ、リン、できるかい?」
面倒だから黙っていようかと思ったリンだったが、ルーピンに微笑みかけられ、沈黙を貫くことが難しくなった。小さく肩を竦めて、リンは答えた。
「いわゆる形態模写妖怪です。対面する者を怖がらせようとする妖怪で、相手が一番恐れているものを判断し、それに姿を変えます」
「実に見事な説明だ」
ルーピンが微笑んだ。褒められたリンはあまり表情を変えず軽く頭を下げただけだったが、ハンナとジャスティンが嬉しそうに頬を染めた。
さらにボガートについて説明したあと、ルーピンは生徒に、何が一番怖くて、それを何に変えたら笑えるか考えるよう指示を出した。みんな静かになった。
リンも目を閉じて考え込んだ。怖いもの……母か? それとも、雷? そこまで考えたとき、恐ろしいイメージが頭の中を支配した。
あの、目の前にそびえ立つような、おぞましい黒い影。マントから突き出した腐敗した手。しわがれた息遣い。なにより、凍えてしまいそうな、あの突き刺さるような冷気……。
「みんな、いいかい?」
ルーピンの声に、リンはハッと意識を戻し、焦燥に駆られた。まだ準備はできていない。“あれ”をどうするか、まだ考えられていないのだ。しかし、もう少し時間がほしいとは、とても言えない空気だった。みんな真剣な顔をして洋箪笥を見つめていた。
「さて、そうだな……」
誰から挑戦させるか悩んでいる様子で、ルーピンは生徒の顔を見回した。選ばれませんようにと、リンは心の中で祈った。
「じゃあ、アーニー! 君から行こう」
一番に指名されて、アーニーは、歓喜と緊張と恐怖から身震いをした。せかせかと洋箪笥の前に進み出て、杖を握り締めて構える。ボガートがアーニーに意識を集中させられるようにと、ルーピンはほかの生徒に壁際の方へ下がるよう指示した。
「行くよ、アーニー……いーち、にー、さん、それ!」
掛け声とともに、ルーピンの杖先から火花が迸り、洋箪笥の取っ手のつまみに当たった。洋箪笥が勢いよく開き、中から、長い黒髪を腰まで垂らし、マスクで口元を覆っている女性が現れた。
ゆっくりとアーニーへ近づいていく女性を見て、リンは目を丸くした。これは、もしかしたら、ずいぶん前に彼に話した「あれ」かもしれない。リンの想像通り、女性はマスクに手をかけた。
何人かの生徒たちの悲鳴が教室に木霊した。リンは乾いた笑いを漏らす。女性の口が、耳の辺りまでパックリと裂けている ――― 間違いない、「口裂け女」だ。
確か、ベティが「怖い話をしよう」とかなんとか言ったときに、リンが冗談半分で日本の都市伝説を語ってやったことがあった。「口裂け女」はその中の一つだったはずだ。アーニーはしっかり覚えていて、かつ恐怖を抱いていたらしい。
そんなに怖いものかと不思議に思うリンの視線の先で、アーニーは顔色を蒼白にして「口裂け女」を見ていた。若干引け腰だったが、唾を飲み込んで、グッと踏ん張り、杖を振りかざした。
「リ、リディクラス!」
あれだけ派手に杖を振り回す必要が果たしてあるのか、リンには疑問だったが、まね妖怪を退散させるには問題はないらしかった。アーニーが呪文を唱えたあと、パチンと鞭を鳴らすような音がして、「口裂け女」がもんどりうった。スペロテープが、彼女の口の端から端までビッタリと貼り付いていた。
「いいぞ、アーニー!」
ルーピンが笑顔で拍手した。
→(2)
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