| 従兄の様子が、少しおかしい。そう思ったのは、彼がいつも通りリンを迎えに来たときだった。
「…………」
無言でキビキビと歩くジンの横顔を、リンはそっと見上げた。気のせいだろうか、相変わらずの無表情が普段より硬く見える。歩くスピードだって、普段より速い。彼の隣を歩くリンは、半ば駆け足だ。
ジンは周囲からの視線を気にせず、九番線と十番線の間にある柵へと歩いていく。いつもだったら、心持ち多少は周りを確認してから柵を通り抜けるのだが……今日はあまり余裕がないらしい。
本当に、何かあったのだろうか? 心配しつつも、リンは黙ったまま、ジンの後に続いて柵を通り抜けた。マグルの誰かに見られはしないかと冷や冷やする……なんてことはない。その心配をしていたのはスイだ。
「……君らさあ、もっと慎重になりなよ。ただでさえ注目浴びやすいんだから」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。九番線の列車が発車寸前だったから、みんなそっちに気を取られてたはずだし……それに」
もっと派手に来る人だって、絶対にいる。
リンがそう言うが早いか、たったいま彼女たちが通り抜けてきた柵から、悲鳴が聞こえてきた。何事だとスイが振り返ると、薄茶色の髪の集団が現れた。大声(歓声?)を上げながら柵を駆け抜けてきたらしく、全員が息を切らしている。大注目を浴びているその集団のうちの一人は ――― コリン・クリービーだ。
「あっ、リン!」
気づかれないうちに静かに去ろうとしていたリンだったが、残念ながら目ざとく見つけられてしまった。溜め息をついて振り返ると、キラキラ輝いた目とかち合う。
「うわぁーっ! リン、久しぶりです! 元気ですか? 新学期最初の日からあなたに会えるなんて、僕、すっごくラッキーだ!」
「やぁ、コリン、元気そうだね」
明らかな愛想笑いを浮かべて当たり障りのないことを言うリンだったが、コリンの方は、リンに返事をもらえただけで嬉しいらしい。頬を染めて近づいてくる。
「ねえ、リン、見て! 僕のパパです!」
どことなくコリンに似た男性が会釈をしてきたので、リンもお辞儀を返す(スイはバランスを崩しかけ、慌てて肩にしっかり掴まった)。リンが頭を上げるか上げないか、コリンがリンの腕を掴んで引っ張った。
「あと、デニス! 僕の弟です! パパの後ろに隠れてるけど……ほら、デニス!」
その言葉通り、父親の後ろから、薄茶色の髪の、コリンよりさらに小さな少年が、ひっそりと顔を覗かせていた。兄に名前を呼ばれて、ようやく顔を出した感じだ。リンと目が合うと、一瞬で顔を赤くして、また父親の後ろに引っ込んだ。
「デニスは僕と同じで、あなたのファンなんです! 手紙であなたのことを話してから、ずっとあなたに会いたがってました!」
笑顔のコリンのセリフに、リンは頬を軽く引き攣らせた。スイは「よかったね、そしてドンマイ」と彼女の頬に触れてやった。
コリンに頼まれ(せがまれ)るままデニスに挨拶をし、一緒に写真を撮ってやっていると、それまで数歩先で事態を傍観していたジンが近寄ってきて、リンに声をかけた。
「早く行かないと、席がなくなるぞ」
「あ、はい」
これ幸いと、リンは彼に従った。クリービー一家に簡単に挨拶をして、リンは熱っぽい視線から逃げるように、ジンの後を追って歩き出す。
「……すいません、ジン兄さん。足止めしてしまって……」
「いや、特に気にしてない。……リンは、ずいぶん人に好かれてるんだな」
「原因は不明ですけどね」
肩を竦めて、リンは困ったように笑う。そのときだ。
「リンッ!」
今度はなんだとリンは振り返った。それと同時に、赤色が彼女に衝突する。思わぬことに、リンがよろめいて倒れそうになる。それに目を剥いたジンが一歩踏み出して手を広げ、受け入れ体勢を取る。しかし、別の二本の腕が彼女を支えたため、必要がなくなった。
「 ――― おっと! 大丈夫かい、リン?」
「危なかったなあ……ジニー、気をつけろよ」
「だって、リンに会えて嬉しくて……ごめんなさい、リン」
「いや……いいよ、ジニー。大丈夫だから。フレッドとジョージも、ありがとう」
背後で寂しそうな顔をして腕を下ろしたジンには気がつかず、リンは、抱きついている少女と、支えてくれた腕の主たちを見て笑った。
「久しぶりだね。『日刊予言者新聞』読んだよ。エジプトはどうだった?」
「すばらしかったさ、なあ、フレッド」
「ああ。ただ、パーシーをピラミッドに閉じ込められなかったことが心残りだな」
「ご愁傷様だね……パーシーからしたら幸運だったろうけど」
赤毛の三人と楽しそうに談笑を始め、駆けてきたウィーズリー夫人から熱い抱擁とキスを受け、頬を染めてワタワタと焦るリンを、ジンが静かに見つめていたことは、リンの肩から彼の肩の上へと避難していたスイしか知らない。
**
ふと目を覚ますと、ハッフルパフのいつものメンバーが話に花を咲かせているのが分かった。リンは疑問を感じたが、すぐに、自分がホグワーツ特急のコンパートメントにいるのだと思い当たった。いつの間にか寝てしまっていたらしい……珍しいこともあるものだ。客観的に思う。
リンがゆっくり静かに起き上がって小さく欠伸をすると、リンの向かいに座っていたジャスティン・フィンチ‐フレッチリーと、なぜか彼の肩に乗っていたスイが、真っ先にリンが起きたことに気づいた。スイがジャスティンの肩からリンの膝の上へと飛び移り、ジャスティンがリンに微笑みかける。
「おはようございます、リン」
「……ん……おはよう」
ぼんやりした調子で髪を掻き上げ、寝起き特有の少し掠れた声を出したリンに、ジャスティンは頬を染めて水を差し出す。リンは軽く礼を言って受け取り、喉を潤した。
「あらやだぁ、ジャスティンもアーニーも、思春期?」
顔を赤くして必死にリンから視線を逸らしている男子二人を見て、ベティ・アイビスがクスクス笑った。スーザン・ボーンズもそれに乗じている。笑われた男子たちは、しかし何も言わないことにしたらしく、ひたすら窓の外や通路の方を見続ける。
「でも、気持ちは分かるかも……いまのリン、すっごく色っぽかった……」
男子たちに負けないくらい赤くした顔を両手で包みながら、ハンナ・アボットが消え入りそうな声で言った。それにベティがニヤリと笑って何か言おうとしたとき、リンが不意に顔を窓の外に向けた。汽車が速度を落とし始めたのだ。
「もう着くのかな?」
「ううん、まだ着かないはずよ」
アーニー・マクミランが呟いたが、時計を見たスーザンにやんわりと否定される。
「じゃあ、どうして速度が落ちるんだ?」
「知らないわよ」
ベティが噛みつくように言ったとき、汽車がガクンと止まった。ハンナが悲鳴を上げて席から転げ落ちそうになったが、アーニーが支えたので事なきを得た。そのあとすぐに、なんの前触れもなく、明かりが一斉に消え、辺りが急に真っ暗闇になった。
ハンナがまたもや悲鳴を上げ、アーニーとベティが困惑した声を出し、ジャスティンとスーザンが息を呑む。リンは手早く掌に灯りを出した。
「 ――― 静かに」
ぼんやりした白い灯りが、リンの掌を離れて宙に浮かび、コンパートメントの中を照らす。リンはじっと通路の方を見つめた。リンの肩へとよじ登ったスイが、音もなく震えているのが分かる……リンは目を細めた。
杖を手にしてリンが立ち上がったとき、通路の方で誰かが引き攣れた悲鳴を上げた。直後、その誰かが倒れ込み、どこかのドアをバンバンと叩く気配を感じ、リンは、灯りをもう一つ掌に灯しながら、勢いよくドアを開けた。
→ (2)
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