| *ちらっとですが、5 , 6 行目に、グロい表現があります。苦手な方はご注意。*
雷は、どうしても好きになれぬものだった。
雷は、恐ろしい記憶を呼び覚ますものだった。
雷は、過去に犯した忌まわしい罪の象徴だった。
目の眩むような雷光、轟く雷鳴。
焦げた、裂けた、焼かれた、髪や衣服や肉。
身体から滴った血や、そこから漂ってきた独特の香り。
あの日味わった恐怖を思い出す。
あの日刻んだ記憶が蘇る。
あの日犯した罪の意識が呼び起こされる。
雷は、決して忘れさせてくれない。
無知と、あくまで無邪気な幼心が引き起こした罪を。
生涯、消えることも許されることもない、重い罪を。
日本というアジアの小さな島国。とある大きな森の近くにある、これまた大きな屋敷の一室で、由乃 仁は目を覚ました。
「……はぁ……っ、は……」
呼吸が荒い。耳の奥で心臓の音がうるさい。じっとりと嫌な汗が全身に纏わりついている。よろしいとはいえない目覚めである。
仁は起き上がった。久しぶりに幼い頃の夢を見た……片手で顔の下半分を覆い、その掌で顔をぬぐうように、ゆっくりと顔を俯ける。そして仁は、目尻から耳まで繋ぐように涙が流れた跡があるのに気がついた。泣いていたらしい。
涙の跡を適当に手で拭っていると、窓の外から、耳をつんざくような鋭い雷鳴が聞こえてきた。一瞬びくりと身体を竦めて、仁は窓の外を見やった。
「……雷、か」
なるほど、だからあんな夢を見たのかと納得する反面、不安になる。これだけ雷鳴が轟いていて……彼女は大丈夫なのだろうか? “あの日”のことがフラッシュバックしていないだろうか。
「……凛……」
仁はそっと、吐息に溶かすように、彼女の名前を呟いた。無意識ながら、彼の手はシーツをきつく握り締めていた。
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「……かみなり……」
荒れた天候を窓越しに見上げ、由乃 凛は、溜め息混じりに呟いた。
まったく、朝から嫌な天気である。洗濯物は外に干せないし、家畜も怯えるだろうし、畑で育てている薬草なども、ひょっとしたら成長に影響が出るかもしれない。……それに、雷を見ると、“あの日”のことを思い出す。
「…………」
こつん。凛は窓に額を当てた。ひやりとした温度が、額の熱(もともと凛の体温は高いほうではないのだが)を奪っていく。パラパラ、雨粒が窓ガラスに当たる音を聞きながら、凛は物憂げに溜め息をついた。
「……凛? どうした? 元気ないね」
横から声をかけられて、凛は振り返った。彼女の横にある棚の上に、小さな猿が乗っていた。不安そうに、というか心配そうに、少し首を傾げてこちらを見ている。
「どこか具合でも悪い?」
「……ううん、大丈夫だよ、スイ。なんていうか、いまはちょっと……アンニュイ?」
「それは大丈夫と言わないし、アンニュイなのは見れば分かるし、そもそもボクはアンニュイになってる理由を聞いたんだけど」
「驚き。具合が悪いのかという問いかけに、それだけの意味が含まれてるとは知らなかった」
「いや驚くのはこっちだよ。まさかそんなレスポンスが返ってくるとはね」
溜め息をついたあと天を仰ぐ小猿に、凛は首を傾げた。自分のレスポンスのどこがおかしいんだろうか、という心境である。
「それよりスイ、実は今日、母さんと一緒に魔法薬を作るんだよ。すごくない?」
「安定のマイペースだな」
呆れ顔のスイをさらりと無視して、凛は「置いてくよ」と歩き出す。スイは、慌てて彼女を追いかけた。
3-1. 彼らが恐怖を抱くもの
**** 冒頭から変に暗くてすみません
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