「マクゴナガル教授、イッチ(一)年生の皆さんです」

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 エメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女がキビキビと言い、扉を大きく開けた。生徒たちは彼女について石畳のホールを横切っていき、小さな空き部屋に入った。

 マクゴナガル先生は簡単に挨拶をしたあと、寮の組分けについて言及し、生徒たちに待機の指示を出して部屋から出ていった。ハリーはゴクリと生唾を飲み込んだ。

「いったいどうやって寮を決めるんだろう」

「試験のようなものだと思う。すごく痛いってフレッドが言ってたけど、きっと冗談だ」

 ロンの言葉に、ハリーは眩暈がした。試験だなんて、どうしよう。不安げにあたりを見回してみると、他の生徒も怖がっているようだった。

 ハリーがなるべく組分けについて考えないようにしていると、突然不思議なことが起こった。ハリーは驚いて三十センチも宙に飛び上がってしまったし、ハリーの後ろにいた生徒たちは悲鳴を上げた。

「いったい……?」

 ハリーは息をのんだ。後ろの壁からゴーストが二十人くらい現れたのだ。真珠のように白く、少し透き通っている。

 みんな一年生には見向きもせず、何か話し合っているようだったが、そのうちの一人が、急に一年生たちに気づいて声をかけた。

「君たち、ここで何してるんだい」

「新入生じゃろう。これから組分けされるところか?」

 太った小柄な修道士らしいゴーストが、一年生に微笑みかけた。みんな黙っていたが、二、三人は頷いた。

「さあ、行きますよ」

 マクゴナガル先生が戻ってきた。足が鉛になったように重く感じたが、ハリーは列に並んで先生についていった。

 大広間にはたくさんの生徒がいた。ハリーは、好奇心に満ちた視線から逃れるように天井を見上げた。

 しかし、マクゴナガル先生が一年生の前に帽子を置いたので、意識をそちらに向ける。じっと見ていると、帽子が、なんと歌い出した。

 ハリーは呆然と歌を聞いていた。歌が終わると、広間にいた全員が拍手喝采をした。四つのテーブルにそれぞれお辞儀して、帽子は再び静かになった。

「僕たちはただ帽子を被ればいいんだ!」

 ロンがハリーに囁いたので、ハリーは弱々しく微笑んだ。

 試験じゃなかったのは嬉しい。だけど、どの寮にも選んでもらえなかったらどうしよう。

 そんな恐ろしい考えに囚われていると、いつの間にか時間は過ぎていたようで、ついにハリーの名前が呼ばれてしまった。

 前に進み出て、帽子を被る。低い声がハリーの耳の中で聞こえた。

「ふーむ……難しい……非常に難しい。いやはや、おもしろい……さて、どこに入れたものかな?」

 ハリーが椅子の縁〔ふち〕を握り締めて「スリザリンはダメ、スリザリンはダメ」と思い続けると、帽子は囁いた。

「スリザリンは嫌かね? 君は偉大になれる可能性がある。スリザリンに入れば間違いなく偉大になれる道が開けるが、嫌なのかね? ……よろしい、君がそう確信しているなら………むしろ、グリフィンドール!

 とてつもない安堵感がハリーの脳内を占めた。帽子を脱いでグリフィンドールのテーブルへと歩いていくと、割れるような歓声に迎えられた。テーブルについて、ハリーはようやく余裕をもてた。

 ざっと貴賓席を見たあと、前を見る。まだ組分けがすんでいないのは、あと三人だけになっていた。次はロンの番だった。

 ロンは青ざめていたが、心配の必要はなかったらしく、帽子はすぐ「グリフィンドール!」と叫んだ。

 ハリーはみんなと大きな拍手をした。ロンはハリーの隣の椅子に崩れるように座った。

「リン・ヨシノ!」

 マクゴナガル先生の声が響き、黒髪の女の子が前に出た。突然、広間中が静かになった。

 椅子に座るときに女の子がこちらを向いて、顔を見たハリーは息をのんだ。ダイアゴン横丁のオリバンダーの店で会った子だ。とても綺麗な子だったので、ハリーはよく覚えていた。

 もう一度よく見ようと思ったが、生憎、帽子が彼女の目元まで隠してしまった。残念に思っていたハリーは、不意に、広間が囁きで満ちているのに気づいた。みんな彼女を見ている。

「ねえ、パーシー、どうしてみんな彼女を見ているの?」

 そっと隣のパーシーに尋ねると、彼は彼女から視線を外さないまま、答えを教えてくれた。

「苗字が有名だからさ。ヨシノっていうのは、日本 ――― アジアの国だよ。小さい国だけど、ずっと昔から魔力が高いことで有名だ ――― その国で現存する数少ない純血一族の一つだ」

 ハリーが目を見開いていると、パーシーが付け加えた。

「それに、すごく魔力が強くて、杖がなくても魔法が使えるらしい。歴史上、何度か西洋人に攻撃されたことがあるけど、全部返り討ちにしたって記録に残ってる」

「すごいんだね」

 ハリーは彼女を見た。帽子はハリーのときと同じように、迷っているようだった。

「そのヨシノっていう家系は、みんなホグワーツに来てるの?」

 ハリーは一度視線を外して、また質問した。パーシーは曖昧に頷いた。

「まぁね……全員がそうかは分からないけど、いくつか記録が残ってる……主席名簿とか、賞状、トロフィーなんかに」

「ほかのヨシノの人は、今ここにはいないの?」

「いるよ」

 パーシーはようやくリンから視線を外した。身体の向きを変えて、レイブンクローのテーブルを指差す。

「あそこに、黒髪の男子生徒が座っているだろう?」

 ハリーも身体ごと振り返って見た。とても整った容姿の男子生徒が、頬杖をついて、どうでもよさそうな雰囲気を醸し出している。しかし、目はしっかりとリンを見ていた。

「ジン・ヨシノ。僕の二つ下の学年……フレッドとジョージと同い年だ。とても優秀な生徒でね、確実に監督生になるだろうと言われてる」

 パーシーはどこか興奮した様子で熱を込めて囁いた。

「すごいね」

 ハリーはそれだけ言って、彼女に視線を戻した。帽子はまだ迷っているようだった。生徒の囁きが大きくなる。先生方も興味津々なようだった。

 どの寮に組分けされるのだろう? なんとなく、スリザリンには入ってほしくないなとハリーは思った。

 目を凝らして見ていると、組分け帽子がピクリと動いた。

「 ――― ハッフルパフ!

 帽子の言葉に一瞬沈黙が流れた。

 しかし、リンが椅子から降りると、左側のテーブルから歓声と拍手が上がり、反対に他のテーブルからは落胆の溜め息が聞こえてきた。

 スリザリンはとても悔しそうだったし、グリフィンドールでも何人か ――― 例えば、双子のウィーズリーとかが不満そうな声を出していた。

 パーシーも、呆然としたあと「予想外だ」と頭を振った。

そんなまさか! レイブンクローか、でなければ我がグリフィンドールだと思ってた……ヨシノがハッフルパフだなんて、前代未聞だぞ」

「そうなの?」

 ハリーが尋ねると、パーシーは不満顔で頷いた。

「ほとんどがレイブンクローだ……たまにグリフィンドール生が出るけど……スリザリンも三人だけいた……だけどハッフルパフは、僕の知る限り、今まで一人もいやしない!」

「それなら、パース、あの子がハッフルパフに行く可能性は、君のなかではまったく完全になかっただろうな」

「まったくだ。君が気づいた限りだが、そんな前例はなかっただろうからな」

 双子が真面目くさって言うと、パーシーは顔を真っ赤にして「黙れ!」と噛みついた。

 ハリーは三人を無視して、ハッフルパフのテーブルを見た。リンを目で探すと、彼女は疲れたように微笑みながら、周りのハッフルパフ生と握手をしていた。

1-4. 組分け帽子
- 4 -

[*back] | [go#]