| ロックハートの迷惑な思いつきは、授業にまで弊害をもたらしてくれた。
彼の「愛すべき配達キューピッド」たちは、一日中、教室に乱入してはバレンタイン・カードを配って、先生方をうんざりさせた。
リンに至っては、少なくとも十枚はカードを持っている小人たちが、毎時間一人はやってきた。受講を盛大に邪魔されて、リンは不機嫌だった。カードの量にも苛立ったが、せめて一度にまとめて来いと思った。
「カード自体は悪くないでしょう? それだけ、リンが多くの人に好かれてるってことなんだから」
またもや小人からカードを配達され、無口無表情になったリンに、ハンナが慌てて元気づけるように言った。実は、リンにカードを贈った一人であったりする。
「つまり、みんな善意で贈ってるのよ。あなたを困らせようとか、そういうことは、本当に、まったくないの」
「心配しなくても、ハンナ、私が君のカードを疎ましく思うようなことは、まったくないよ」
リンがちょっとだけ微笑むと、ハンナは「私、別にそんなこと気にしてないし、リンのことを疑ってもいないわ」と言ったが、顔が真っ赤だったし、慌てて開いた教科書が上下逆さまだった。
ドタバタしてはいたが、とりあえずは問題なく一日の授業が終わった。リンは即行で寮へと帰り(ハンナたちは置いてけぼりを食らった)一歩たりとも外出しなかった。さすがの小人も、談話室までは入ってこなかった。
リンは夕食を抜かすつもりだったが、スーザンに叱られ、渋々と大広間に向かった。ハンナたちに取り囲まれるように歩いたため、他の生徒から視線を受けたが、仕方ないと諦めた。
「お待ちを! リン・ヨシノ、あなたにです!」
無事に大広間に入ったところで、リンに声がかけられた。リンは全速力で逃げようとしたが、その前に数人の小人が立ちはだかった。
ここまでするかと、やむなく立ち止まったリンは呆れた。ベティが同情の視線を送ってくる。
「リン・ヨシノに、直々にお渡ししたい歌のメッセージがあります」
「……そう。手短に頼むよ」
嫌なことは早く済ませてしまおう精神で、リンは小人を促した。せめて大広間にいる生徒が、シンと静まり返って興味津々で見物するのをやめてくれたらいいのに。リンは頭の片隅で願った。
小人は満足げに笑って、スーッと深く息を吸い込んだ。
♪ あなたは他とは違う、特別な人 賢く優しく勇敢で、強く気高く美しい あなたは素敵、魅力的 ああどうか、だれのものにもならないで 私たちみんなのものでいて 他の人の心をいくつ奪ってもいいけれど、 あなたの心は、だれか一人に奪わせないで
この場で、水蒸気に変わる水のように消えることができたなら、ロックハートの本を一冊くらい買ってやってもいい ――― なんとかみんなと一緒に笑ってみせながら、リンは思った。
さすがにハンナたちは笑っていなかったが(ベティは無表情だった)、他の生徒のなかには笑いすぎて涙が出ている者もいる。
そんな見物人を、なぜかグリフィンドールの監督生、パーシー・ウィーズリーがたしなめ、散らしてくれた。
「さあ、もう見るものはない。いまは食事の時間だ ――― 食べ終わってるなら、早く寮へ戻れ」
「ご協力どうもありがとう、ウィーズリー」
彼の背後を通り過ぎるときに、リンは礼を言った。不機嫌だからか意図せず冷えた声音が出たが、リンは気にしない。とにかく早く席に着いて食事を済ませ、帰りたかった。
無言でクロワッサンを引き千切るリンの向かいに座ったスーザンが、ジトッとアーニーを見た。
「もう、アーニーったら、肝心なところで頼りないんだから」
「アーニー、何かしてたの?」
「リンが逃げようとしたとき、援護しようとしてリンと小人の間に入ったんだけど、向こう脛を蹴っ飛ばされて、歌が終わるまで悶えてたのよ」
なかなか失礼なリンの質問に、ベティがニヤニヤと答えた。アーニーの顔が赤くなったのが、リンにも見えた。
「言っておくけど、あれは本当に、相当痛かった。君たちだって、きっと耐えられなかったさ!」
「あなたと私たちを一緒に考えないでちょうだい」
「そこで耐えるのが男ってもんでしょ」
ハンナがオロオロする前で、スーザンとベティがそろって溜め息をついた。手厳しいなと感想を抱きながら、リンはスープを味わう。
アーニーには悪いが、擁護はしない。こちらだって疲れているのだ。
縋るような目で見つめてくるアーニーから目を逸らしたリンは、ふと、ハリー・ポッターと目が合った。同情というか、なんだか共感しているような視線を、リンに向けている。
首を傾げたあと、リンは深く気に留めないことにして、再びスープに向き合った。
2-17. 悲惨なバレンタインデー
**** カードの贈り主は、リンのファンの誰かです。特に決めていませんので、ご自由にご想像ください。
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