ハリー・ポッターの目覚ましい活躍のおかげで、グリフィンドールが寮杯獲得のトップになった。

 そのため、日曜の朝、スリザリン寮以外の生徒たちはみんな機嫌がよさそうだった。スイの次に寝起きが悪い(とリンが思う)ベティでさえ、起こされたときに文句一つ言わなかった。

 珍しい友人の姿に面食らいつつ、リンたちは朝食のために大広間へと向かった。いつもは(ベティのせいで)他の寮生より遅いのだが、本日はハッフルパフで一番乗りだった。

「いつもこうやって起きてくれれば、私の苦労もだいぶ減るのに」

 ふうと溜め息をつくスーザンに、ベティは気まずそうに目を逸らした。そのまま、目についたベーコンエッグとポテトサラダを皿によそい、サンドイッチの六枚目に手を伸ばす。よく食べる奴だと、デザートのフルーツに手をつけていたリンは思った。



 今日は何をしようかと話し合いながら、リンたちは食事を終え、大広間をあとにした。

 ハンナが「魔法薬学のレポートを手伝ってほしい」とリンとスーザンに頼み、それにジャスティンが便乗したときだった。リンはふと足を止めた。曲がり角の向こうから声が聞こえたのだ。

 どうかしたのかと首を傾げる友人たちに「静かに」と合図をし、リンはそろそろと曲がり角に近づく。声から判断するに、話しているのはマクゴナガルとフリットウィックのようだ。

「 ――― なんと……! コリン・クリービーが襲われたと?」

「ええ……どうやら、ポッターの見舞いに行こうとベッドを抜け出したようで……そのときに……」

 マクゴナガルは言葉を切り、深呼吸した。フリットウィックが息を呑む音が廊下に響く。息を殺すリンの肩の上で、スイが身を固くした。

「……生徒たちには、」

「じきに……隠すことはできないでしょう」

 マクゴナガルの声は相当暗く、そして観念がはっきり表れていた。

 彼女らが歩き出す気配を感じ取り、リンはハンナたちに目で合図し、大きな柱の影に隠れた。念のためにとリンが不可視の結界を張ったところで、教授たちが現れた。

「ダンブルドアがおっしゃっていましたが、その通り……混乱を最小限に抑えなければ……」

 そこで会話が途切れる。二人は大広間へと入っていった。

 リンはスイを見た。唇を真一文字に引き結んでいる。これも避けられない“流れ”の一つなのだと、リンは理解した。

「……クリービーって、あの子よね? リンにくっついてきてた……」

 ベティが珍しく真っ青な顔で呟いた。スーザンが無言で首肯する……口が開けないようだった。リンの背後にピッタリ張り付いているハンナに至っては、息すらできていない。

 リンは強引に振り返り、彼女の背を軽く叩いてやった。

「とりあえず、寮に戻ろう。話はそれからだ」

 咳き込むハンナの背をさすりながら、リンが指揮を執る。それに頷いて、全員が無言で歩き出した。

 ふと気配を感じて、リンは振り返った。それに倣ったスイは、目を瞬かせる。

 リンたちが潜んでいた柱……の、対角線上にある鎧のところで、ロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーが何やらヒソヒソ話している。

 彼らもマクゴナガルたちの会話を盗み聞きしていたのだろうか……? リンが首を傾げている間に、話はまとまったらしく、二人は決然とした表情で頷き合い、どこかへと駆け出した。

 朝食はいいのかと思ったリンだったが、所詮は他人事なので、放っておくことにした。くるりと身体の向きを戻して、不思議そうな顔をしているハンナたちの元へと合流した。


**


 コリン・クリービーが“例のもの”に襲われ、いまは医務室に死んだように横たわっている ――― そのニュースは、月曜の朝には学校中に広まっていた。

 疑心暗鬼が黒雲のように広まった。一年生はしっかり固まって、グループで城の中を移動するようになった。一人で勝手に動くと襲われると、怖がっているようだ。

「……単独だろうが複数だろうが、襲われるときは襲われると思うけどね」

「それを言ったら、おしまいだよ」

 廊下のベンチに腰かけて(ジャスティン曰く、優雅に)読書をしていたリンが言うと、アーニーが首を振り、溜め息をついた。

「防ぎようがないとなったら、いま以上に混乱してしまう……収拾がつけられない」

「でも、純血の子といれば、多少はリスクが下がるんじゃない?」

 ハンナが、ちらりとジャスティンを見ながら言った。

「純血は襲わないんでしょう? それなら、純血の子と友達だったら……」

 純血と仲が良いマグル出身者こそ、スリザリンは消したがるだろうな。貴重な純血に悪影響を与えたら困る、なんて思うような奴だし。

 と、リンは思ったが、口には出さなかった。どんな反応が返ってくるか、考えるまでもない。リンは本に集中している振りをして、会話に参加するのを避けた。

「 ――― だから、ジャスティンは大丈夫よ。私たちがついてるもの」

「アタシは純血じゃないけどね」

 持論を並べたあと、ハンナはジャスティンに微笑みかけた。ジャスティン以外の全員が純血だとしている彼女の発言に、ベティが笑う。ハンナたちは驚いてベティを見た。

「アタシ、パパは純血だけど、ママはマグル出身の魔女なの」

「半分は純血なんでしょう? だったら大丈夫よ!」

 いったい何を根拠にしているのやら、ハンナが力強く言った。リンだけでなく、ベティも呆れ顔をしている。スーザンは何も言わなかったが、少し咳き込んだ。アーニーは少し迷ったあと、ジャスティンの肩をポンと叩いた。

「……まあ、とにかく ――― 心配するなよ。僕らには、リンがついてるんだから」

 この言葉は(いろいろな意味で)効果覿面〔てきめん〕だった。ジャスティンはパァアッと表情を明るくし、反対にリンは微かに眉を寄せた。

 なんだその言い方は……。一連の襲撃事件の犯人に、リンが対抗できるみたいに聞こえるではないか。

 誤解を招くような言い方をしないでほしい……そんなリンの視線は、ニコニコと話しかけてきたジャスティンに阻まれ、アーニーに届かなかった。

2-10. 密やかに浸透する恐怖
- 43 -

[*back] | [go#]