新学期最初の週末がやってきた。

 夏休みのおかげで頭のなかが空っぽになり、授業で苦労した……そんな生徒たちは、休日を満喫しているようだ。

 その筆頭がベティである。ごろごろとベッドの上に寝転がり、雑誌「月刊 魔法少女」なるものを見ている。「レポートやらないとあとが辛いわよ」とスーザンが言っても、耳を貸さない。

 スーザンは肩を竦めて彼女に背を向け、床に座り込んでチェスの対戦をしているリンとハンナを振り返った。

「図書館に行って、何かレポートの参考になりそうなものを調べてくるわ」

「あっ……わ、私も行く!」

 ハンナが立ち上がって、わたわたと鞄に羊皮紙と羽根ペン、インク瓶などを詰め込み始める。それを一瞥したあと、リンはスーザンを見上げた。ちなみにリンはすでにレポートを書き終えている。

「手伝おうか?」

「ううん、大丈夫よ。こういうのは、できるだけ自力でやりたいから」

 緩く首を振ったスーザンに、ハンナが「準備できたわ」と声をかける。頷いて、スーザンはハンナを連れて部屋を出て行った。

 残されたリンはスイと顔を見合わせ、溜め息をついてチェスを片付けにかかる。

「逃げられちゃったわねぇ」

 あとちょっとだったのにと、ベティがニヤニヤ笑って言った。リンは振り返って雑誌を指差した。

「読み終わったの?」

「飽きたの」

 特集記事とか超つまんなくてーなどと言い、ベティは起き上がって身体を伸ばす。

 彼女が閉じた雑誌の表紙を見たリンとスイは、載っている小さな見出しの中に「特集記事 話題のロックハートに密着! 彼の無敵に素敵で魅力的な一日」というものがあるのに気がついた。

「…………」

 一切触れないことにしたリンは、淡々とチェスの片付けに専心し、それが終われば鉢植えの植物の観察を始める。

 主婦向けの雑誌だけでなくティーンズ向けの雑誌にまで進出してきたか、なんて思っていない。あいつのどこに魅力がある、と呆れてなんかいない。あいつに関することに何の感情も持っていない。そう自分に言い聞かせる。

「………」

「…………」

「………っ、あ ―――っ!!!」

 二人(と一匹)とも無言でいると、早くもベティが音を上げた。まだ三分も経ってないぞ忍耐力ないな、とスイは思った。

「沈黙とかやめてよ!! 何か喋ってよ!! 何もしてないとロックハートへの怒りと嫌悪と不快感と殺意で頭ん中支配されちゃうでしょ!!」

「いや……なんか、口を開いたらやつのことが飛び出してきそうな気がして、そっちの方が嫌だった」

「……なるほど」

 はあ……と、どちらともなく重い溜め息をつく。スイの尻尾が力なく揺れた。

「……いったんこの部屋から離れて、何か暇つぶしになるものやらない?」

「なら図書館行ってレポートやれば?」

「絶対イヤ」

「……じゃあ、談話室に行ってチェスやろう」

 ベティがそれに同意したので、二人(と一匹)は部屋を出て談話室へ向かった。

 よく晴れた休日なのでみんな外に行ったのだろうか。あまり人がいなかった。静かになるので好ましい。

 リンは上機嫌で窓際へと歩いていく。その途中で、誰かが「おっ」と声を上げた。

「リン・ヨシノだ」

「はい……?」

 リンは振り返って声の主を見た。

 焦げ茶色の短い髪をツンツン立てている、キリッとした顔つきの男子生徒だ。背が高く、なかなか体格がいい。クィディッチでもやっているのだろうか。

 しかし、いったい誰だろうか。疑問に思うリンの横で、ベティが小さく歓声を上げた。

「エドガー・ウォルターズ!」

「ベティ、知ってるの?」

 何気なく尋ねたリンに向かって、ベティの拳が飛んだ。が、リンは造作もなく避ける。それにエドガーが目を瞠って何か呟いたが、ベティの大声に掻き消された。

「バカ言わないでよ、有名でしょーが! 四年生のエドガー・ウォルターズ! すごくハンサムな、うちのクィディッチ・チームでビーターやってる人よ!」

「ああ、道理で体格いいんだ」

「な……っ、ほかに思うとこないわけ!?」

「うん? んー……なんか、いがぐり頭だなぁと」

「失礼でしょぉおお!!!」

 激昂したベティとは対照的に、エドガーは吹き出した。

 パッとベティが振り返って、彼を見つめる。その目がキラキラしているのを見て、リンはふと彼女がミーハーであることを思い出した。それなのに、どうしてロックハートはダメなのだろうか……。考えても答えは出ない。

 まあ、あいつよりは断然かっこいいと思うけど。リンが彼に視線を向けると、目が合った。

「いがぐり頭だなんて、女子には初めて言われたよ」

「男子には言われたんですね」

「ははっ、まぁな」

 エドガーは爽やかに笑って言った。ベティがリンを睨んだが、リンは無視した。そんな彼女に、エドガーがますます笑みを深める。

「リンって、見かけに寄らずおもしろいな……よし決めた、友達になろう」

「……はぁ、それはどうも」

 わけが分からないと思いつつも、リンはエドガーが差し出した手を握った。

 彼は満足そうに笑ったあと、スイの頭を撫で、ベティにも手を上げて挨拶して去っていった。

「……結局、用件は何だったんだろう」

「それよりかっこよかった……」

 軽く頭を払い、首を傾げる。納得いかない様子のリンとは反対に、ベティは幸せそうだった。気分転換は完了したようだ。

 チェスはもういらないかなと思うリンの肩の上で、スイは欠伸をして、彼女の耳元に顔を寄せて呟いた。

「……お腹すいた……」

「……ああ……そっか、もう昼だね」

「お昼?」

 時計を見て呟いたリンの言葉に、ベティが反応した。目がさっきとは違う意味でキラキラ輝いている。

「早く大広間行きましょう! アタシお腹ペコペコ!」

 寮の出入り口へと駆けていくベティに溜め息をつき、リンは杖を一振りしてチェスを部屋へと送り、彼女を追いかけた。


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