ホグワーツへは「夜の騎士バス」で向かうことになった。ヨシノの空間移動のほうが早いし安全ではあるが、ヨシノがハリーたちに協力的なところを大っぴらに見せるのは望ましくない。全員一致で可決の結論なので、たとえ当のハリーがバスに乗りたくなさそうだとしても、なす術なしである。 「だったら、せめて一緒に乗ってくれればいいのに」 ホグワーツ特急組のリンとジンに、ハリーが不満げに呟いた。苦笑するリンより先に、変わらぬ無表情のジンが「そうしてやりたいが」と首をかしげる。 「日本に帰省していたはずの俺たちが『夜の騎士バス』で登校したら不審に思われるだろう。それに、監督生や主席としての役割もある」 「……それはそうだけど……」 苦虫を噛み潰したような顔をするハリーを、ジンが淡々と言い含めはじめる。本当に仲良くなったなぁ……と、離れたところでアキヒトが涙をぬぐう仕草をする。トンクスが「アキってば、親じゃないんだから」と笑った。アキヒトも笑みを浮かべる。 「親ではないけど、叔父だしなぁ」 「え?」 「ん?」 「……そう言えば君、子持ちだった……」 「そんなに愕然とされると、トンクス、微妙に複雑なんだが」 おもしろいコントが始まった。興味津々のスイが家具の上を移動して野次馬しに行く。そんな相棒を呆れながら見送っていると、リンの名前が呼ばれた。声で分かって緊張しつつ、それを表に出さないように何気なく振り返れば、やはりビルがいた。 「またしばらく会えなくなるな。寂しい」 「……そうですね」 「連絡してもいいかい?」 「え? あ、はい。大丈夫です」 「ありがとう」 ビルがうれしそうに微笑んだ。直視しづらくて、リンはそっと視線をさまよわせる。それに気づきつつも触れずに、ビルは「じゃあ」とゴソゴソした。 「これを受け取ってくれるかな」 「……?」 分厚い本を差し出されて、リンは困惑した。とりあえず開いてみると、かろうじて罫線があるだけで、まったくの白紙。マグル界の雑貨屋に日記として売られていそうな代物だ。 「アキヒトとジンが創ってくれた『交換ノート』だ。俺のとペアになってる。どっちかに書き込みがされたら、もう一方にも同じ内容が書き込まれて、しかも読み終わったあとも消えずにどんどん蓄積されてくらしい」 自分が書いた内容も一緒に並べて読み返せるのはうれしいな。などと笑うビルとは対照的に、リンは無言で「交換ノート」を見つめた。なんてものを創ってるんだ、あの二人は。というか……。 「よく創ってくれましたね……」 「アキヒトとジンに囲碁と将棋の三回勝負で勝てたら、リンとの連絡手段を何か考えてやるって言われたんだ」 「………」 当事者の了承もなく、そもそも与り〔あずかり〕知らぬところで話を進めないでほしい。呆れまじりにあきらめつつ、というかそれで勝ててしまうビルもすごいと思うリンであった。 「……とりあえず、これに書き込んでいけばいいってことですね」 フクロウ便ではなく。と確認すれば、ビルは「うん」とうなずいた。リンは了承の意を述べて、ノートをトランクの中へと転送した。 「……そろそろ行くぞ」 ジンが声をかけてきた。ハリーたちは、トンクスに付き添われながら屋敷を出ていくところだった。彼らがバスに乗るのを見届けたあと、リンたちはキングス・クロス駅に移動する手筈だ。 「じゃあね、リン。気をつけて」 「う、ん。……リーマスも」 トンクスと一緒にハリーの護衛をするリーマスが、リンを軽くハグしてきた。微妙にギクシャクしながら、リンが言葉を返す。リーマスはニッコリして、ビルを一瞥してから、ハリーたちを追っていった。入れ替わりに、シリウスがリンを軽くハグする。 「元気でな、リン」 「……、うん。シリウスも安全第一にね」 何がおかしいのか、シリウスは吠えるように笑った。そのあとウィーズリー夫人たちとも挨拶し、ビルにニッコリ手を振られ、リンはスイを抱きかかえて空間移動した。 ** 九と四分の三番線に無事到着し、ハンナたちと合流してジンと別れ、コンパートメントを探していた途中、エドガーと出くわした。なぜか顔をしかめられる。 「おうこらリン、セドに色よい返事持ってきたんだろーな」 「なんでそう喧嘩腰なんですか?」 「失恋の痛みをセドに与えさせてたまるか」 意味が分からない。リンが怪訝な表情を浮かべたとき「エドー!」と元気な声が割って入ってきた。栗色のポニーテールを揺らして走ってくる男……ロバートだ。 「さっきロルに聞いたんだけど、ルーニー・ラブグッドに告って秒でフラれたってマジ?」 「死ね」 きれいな一本背負いが決まった。一瞬の沈黙ののち、ロバートがのたうち回る。その身体に乗っかってマウントポジションを取り、エドガーがヘッドロックをかける。 「すまんエド、口を滑らせた俺が悪いから、あんまりロブをいじめてやるな」 「聞いて胸にとどめときゃいいのに、わざわざからかいにきたこいつが悪い」 小走りでやってきたローレンスがなだめるが、効果はなかった。ローレンスが苦笑して諦め、硬直しているハンナたちに「悪いなぁ騒いで」と謝罪する。今日も級友たちのフォローにせわしない男である。スイがひょいと尻尾を振った。 「いつも通りの笑顔で『エドガーは恋人って感じじゃないもン』って言われたわ笑いたきゃ笑えチックショォオオ!!!」 「エドガー、いまのロバートに笑う余裕はありませんよ」 小首をかしげたリンに、ローレンスが「ツッコミ入れるのはそこじゃない」とため息をついた。 5-36. バスと電車 |