休暇最終日の夕食時、仕事から帰ったビルがフラーを伴っていたので、ジンが両手に花状態になった。すなわち、右手にリン、左手にフラーである。ちなみにビルは、リンが端の席を選択したため隣には座れず、向かいに着席した。

 美人が三人並んでいるのに、見目麗しいというよりは殺伐とした光景になってしまうのは何故だろう。とスイは思った。恋する乙女オーラ全開のフラーに対して、ジンが氷河期さながらの背景(幻覚)を背負っているからに違いない。巻き込まれ気味のリンはそわそわと隣を伺い、それを視界に入れるたびビルは「かわいい」とこぼしている。カオスだ。

「……」

「つぎまーすね、ジン」

 ふとジンがフォークを置くや否や、フラーがジンのグラスに水を注いだ。ジンが瞬きをして、フラーへと目を向ける。視線に気づいたフラーが首をかしげた。

「? お水じゃなかったでーすか?」

「……いや。水でいい」

 ふいと視線をそらして、ジンがグラスに口をつけた。フラーは安心したように水差しをテーブルに戻す。唐突にもだえ出したスイの背をさすってやりつつ、リンがフラーを見やった。

「ジン兄さんが水を取ろうとしたこと、よく分かりましたね」

 水差しのほうに手を伸ばしたタイミングだったら、リンも察しただろう。だが先ほどのフラーは、ジンがフォークを置いたタイミングで察してみせた。純粋にすごいと思う。

「なんとなーくです。強いて言うなーら、愛でーすね」

「………」

 きれいに巻いたパスタを口まで運んでいたジンが動揺して、パスタが無残にほつれてフォークから垂れ下がった。スイが咳き込み、ビルが楽しそうに笑い出す。リンは反応に困り、考えた末「……すごいですね」とコメントするに留めた。

「ジンはシャイでーすね」

「ちがう」

 間髪入れずに否定して、ジンが再度パスタを巻き始める。かと思ったら、手を止め、眉間に皺を寄せてパスタを見つめる。パスタに何かあるのかとスイが覗き込んだとき、ジンが食器を置いてフラーへ顔を向けた。

「ずっと聞きたかったんだが、デラクールは俺のどこをそうも気に入ってるんだ」

 フラーが大きな目を瞬かせた。リンたちも興味ありげな目で二人を見やる。ジンはフラーの返事を待たずに「俺は」と続ける。

「無口無表情で、生真面目で堅苦しく、社交性に欠ける男だ。もっと柔和で感情表現豊かな男のほうが、君も幸せになれるんじゃないのか」

「そーれは違いまーす」

 怒ったような調子で、フラーがピシャリと言った。

「誰ならわたしをしーあわせにしてくれるじゃなーいです。わたしが誰としーあわせになりたいのかでーす」

「そうだな。フラーはいいことを言うね」

 ビルがうなずいた。スイも拍手をする。リンが瞬きをし、ジンが呆然とする前で、フラーは水を飲んで、グラスをテーブルに置いた。コンッと音が響く。フラーがジンの目をまっすぐに見上げる。

「あじめてジンを見たとき、とーてもきれいないとだと思いました。たーしかに、最初は顔でえらびまーした。だーけどわたしの魅力きーかないし、しゃーべらないし、しーかめ面ばかりで、とーつきにくかったでーす」

 えっまさかの悪口。スイがポカンとして、ビルが笑い出し、リンは興味深そうにフラーを見つめる。ジンは相変わらず吃驚の表情だ。

「もうやーめようと思ったとき、ジンが言いました。おんとに好きでもないいとに、魅力をうりまーくのはよくない。大事ないとのたーめに取っておけ。もーたいない」

 引用を終えて、フラーがふんわり微笑んだ。ジンが瞬きをする。

「まーすぐわたしのこと考えてくれたいと、家族以外であじめてでーした」

 ちなみにそれ以来ジン以外には意図的に魅力を振りまかないようにしている。と付け加えるフラーに、スイが顔を両手のひらにうずめた。リンとビルは、じゃあロンがたまに魅力にやられているのはロンの問題なのか……とぼんやり思った。それならハーマイオニーやジニーに殴られても仕方ない。

「……俺は、そういうつもりで言ったわけじゃない」

 ジンがついとフラーから目をそらしながら、呟くように言った。

「ただ……申し訳ないが、うっとうしくて適当にきれいごとを言っただけだ」

「知ってまーす。かまいませーん。あの言葉は、ただのきーっかけだから。わたし、ジンのそういうまーすぐ正直なところ、とーても好きでーす」

 無口で無表情で愛想がないのも、興味がないのを素直に表してるだけだと分かってるから気にしない。実際、興味があることには積極的に会話をつなげてくるし、表情も変わる。それから、興味がなくてもきらいでも、無視や暴言はない。冷静を心がけているだけで、冷血でも無感情でもない。つまり、淡泊で不器用なだけで、いい人。

 という解釈を独特な口調でつらつら語っていたフラーを、ジンが「……もういい」と制した。しかめ面な彼の耳が赤いのを見て、リンが瞬き、ビルがクスクス笑う。ふるふる震えていたスイがやっとのことで顔を上げ、今度はからかうようにジンの腕を尻尾でつつきはじめるので、リンはやんわり尻尾を押さえて諌めた。

「……君に羞恥心はないのか」

「好きないとのこーとをあなすのに、なんであずかしーいですか? そーもそも、聞いたのはジンでーす」

 顔の下半分を手で覆いながらぼやいたジンに、フラーが至極不思議そうな調子で首をかしげた。返す言葉が見つからないのか、ジンは無言で視線をさまよわせる。

『……聞くんじゃなかった』

 ぽつり、ジンが日本語で呟いた。リンがコメントに困り、苦笑をこぼす。スイは尻尾でぽふぽふと腕を叩いてやった。


5-35.  どこが好きかと問われたので
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