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 トムが繋げてくれたテーブルに座ってみんなが静かに紅茶を飲んでいたとき、ハグリッドが唸るように呟いた。

「ナツメのやつ……まさか娘にも無関心だとは、思いもせんかったわい」

「ハグリッド、あの人のこと知ってるの?」

 ハリーが思わず尋ねると、ハグリッドは苦々しく肯定した。

「昔ホグワーツの生徒でな……ハリー、お前さんのご両親と同じ学年だった。リリーはともかく、ジェームズとは、えらい仲が悪かった……」

あんなのと仲良くする人なんか誰も ――― 」

 ウィーズリーおばさんに恐ろしい目で見られ、ロンは口を閉じた。ハリーはハグリッドの方に身を乗り出した。

「ねえ、ハグリッド。さっき、ヨシノさんが娘にも無関心だなんて思わなかったって言ったよね? それってどういう意味?」

「言葉通りだろうよ」

 ハリーのすぐ後ろで声がした。みんな飛び上がった。ハグリッドは紅茶を服に零してしまったが、声の主が誰だか分かると、それも気にせず嬉しそうに笑った。

「おおーっ! アキ!」

「久しぶりだな、ハグリッド」

 突然現れた背の高いハンサムな黒髪の男は、ハグリッドと笑顔でがっちり握手をして(ハリーは彼の手が潰れてしまわないか心配した。なにしろハグリッドの力は強いのだ)、下のハリーにも微笑みかけてきた。

 ハグリッドの横に座っていたウィーズリー氏が素早く立ち上がった。

「アキ! 待っていた……予想よりだいぶ早かったがね」

「アーサー、連絡をありがとう。リンのほうは、もう探してるよ」

 ウィーズリー氏とも握手を交わした男性は、テーブルの上でしょげ返っている小猿を見つけて苦笑した。

「スイ、そう気に病むな。すぐに見つかるさ」

 ぽんぽんとスイの頭を撫でたあと、男性はテーブルについている一同を見渡し、口元に笑みを浮かべた。太陽みたいな笑顔だ。ハンサムなぶんよく似合っていて魅力的だ。現にハーマイオニーとウィーズリー夫人が頬を染めている。

「初めましての人が多いな? 俺はアキヒト・ヨシノだ。アキでいい。どうぞよろしく」

「私の同僚の一人だ。ボーンズの……あー、魔法省の魔法法執行部に勤務している」

 ハリーとグレンジャー一家のために、ウィーズリー氏は付け加えた。

 紹介を受けて、ヨシノ氏は丁寧に頭を下げた。ミセス・ヨシノと同じように、彼もローブではなくスーツ姿だったので、ハリーたちマグル出身者は彼の挨拶を受け入れやすく感じた。

 ヨシノ氏は空いている席に腰を下ろして、溜め息をついた。

「姉さんの行動には、本当に呆れるしかないよ」

 ヨシノ氏の声色には、疲労感と悲壮感が漂っていた。

「リンが一人でロンドンから日本へ帰れるわけない……アーサー、知ってるだろう? 煙突飛行ネットは国を越えては結ばれてない。そりゃ、うちの一族は、魔法なしで瞬時に長距離を移動する術を持ってはいるが……子供一人では危険すぎる」

「ああ、分かっているとも。君の都合がつかなければ、リンを我が家に連れていこうと考えていた」

「それ最高だぜ! パパ、そうしよう」

「お黙りフレッド!」

 フレッドが明るく言ったが、ウィーズリーおばさんに叱られて引っ込んだ。ヨシノ氏は力なくお礼を言った。

「そう思ってくれていたなんて嬉しいよ、アーサー。……けど、今回は連れて帰る。今度という今度は、姉さんと話さないと」

話す? 話し合って何になる、え?

 ハグリッドが突然立ち上がって大声を出した。ほかの客の視線も集まったので、ウィーズリー氏が「落ち着いてくれ」と諌める。ハグリッドは椅子に座り直して深く息を吸った。

「あいつが他人の話を聞くわけがねえ……聞いたところで、まともに理解を示すような奴か? え?」

「だけど、ほかに方法がない! どうしろって言うんだ? リンを姉さんから引き剥がせって? そうしたら、あの子は一人になる!」

「父親はいないの?」

 ロンが聞いた。ハリーは咄嗟にテーブルの下でロンの足を踏んづけたが、発言は取り消せない。ヨシノ氏の纏う空気がさらに重くなった。

「リンは父親について一切知らない……俺らは、リンに彼の話はしないと決めている」

 ウィーズリーおばさんの顔が恐ろしいことになったので、ロンはついに、もう喋らないことを決めたようだった。

「……姉さんは難しい人だよ……」

 頭を抱えて、ヨシノ氏が呻いた。

「基本的に何かに興味を示すことがない……一度、何かのきっかけで興味を惹かれれば、とことん意識を向けるさ。だけど反対に、興味がないものにはまったく意識をかけない……。知ってるだろ、ハグリッド……姉さんの世界は、自分と魔法薬とあいつが中心で、あとは少しだけ。あの人は、娘にも、兄弟や両親にも、たいして関心を持ってないんだ」

「そんなこと ――― 」

「ハーマイオニー、事実だ」

 ハグリッドが首を横に振って言ったので、ハーマイオニーは息を呑んだ。ハリーは胸くそ悪さを感じた。

 ハリーだって、ダーズリー一家から無視されることが多々あるが、ハリーだって彼らのことが嫌いだから、多少気が滅入るものの、苦しくはない。だけど、リンはどうだ? リンは実の母親からそんな扱いをされている……一番必要としている存在から。

 生きていて、そばにいるのに、想いは一方通行……それはなんて哀しいことなんだろう……。ハリーはそう思った。

 痛いほどの沈黙のなか、ヨシノ氏はうなだれていた。横ではスイがしょげ返ったままだ。

 不意に、ハリーたちの座っているテーブルの周りで風が吹いた。ヨシノ氏の肩がピクリと揺れる。室内で、しかもこのテーブルだけを取り巻くように風が吹くなんて妙だぞ、とハリーが思ったとき、誰かの声がした。

「リンは何も言わないのか? 黙ってそれを受け入れてるわけ?」

 ヨシノ氏がゆっくりと顔を上げた。ハリーも発言者を見る。双子のどちらかだった。みんな ――― 双子の片割れも含めて、彼を見つめた。

「……君は、まだ発言していない子の方だね」

 ヨシノ氏の言葉に頷いたのを見て、ハリーは彼がジョージだと知った。今まで見たことのない、真っ直ぐな目をしている。

「リンは、文句を言わないのか?」

「……おそらく、慣れてしまったんじゃないかな」

 寂しそうな顔でそれだけ言い、ヨシノ氏は立ち上がった。

「そろそろ行くよ。リンが見つかったみたいだからな」

 スイを肩に乗せ、ヨシノ氏は杖を取り出した。

「それは、リンが買ったものだな?」

 ヨシノ氏はフレッドとジョージの傍に置いてあった本の山を指さした。双子がそろって頷くと、杖でそれらをパッと消し、そのあとみんなに軽くお辞儀をした。ウィーズリー氏には特別深く頭を下げる。

「アーサー、連絡を本当にありがとう……では皆さん、さようなら」

 ヨシノ氏は静かに漏れ鍋を去った。みんな呆然と彼を見送った。

「……なんで、見つかったって分かったんだ?」

 ロンがみんなの気持ちを代弁した。ウィーズリー氏も首を傾げていたが、考えるのをやめたように、笑みを浮かべる。

「まあ……何にせよ、見つかったようでよかったんじゃないかな?」

「……そうですね」

 みんな納得はいかなかったが、ウィーズリー夫人がいち早く夫に同意し、立ち上がってパンパンと手を叩く。

「さて、買い物の続きをしましょうか? 急がないと大変よ! 何しろ量が多いから」

 次は何が必要なのかしら? と首を傾げながらテキパキとみんなに指示を出す夫人に促されるまま、ハリーたちは紅茶を飲み干して立ち上がる。

 ハリーの視界の端で双子が何か話し合っていたが、ウィーズリー夫人に声をかけられて ――― 彼らにしては珍しくすぐ彼女に従ったので、何を話していたのか、ハリーは分からなかった。

 ただ……これも珍しいことだったが ――― 二人がかなり真剣な表情をしていたのが、ハリーの印象に強く残った。

2-1. 不穏な始まり
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