「たしか、話すのは初めてだったよな?」

「はい」

 通行人の邪魔にならないように道の端に寄ったところで、ウッドが切り出した。それにリンは頷く。話すどころか会うのも初めてだ。学年に加えて寮まで違うと、まったくと言っていいほど接点がなくなる。

「でも、俺は君のこと、けっこう知ってるよ。よく人から聞くんだ」

 そういえば従兄ともなかなか会えていないな、と思考を妙なところへと飛ばしかけていたリンだったが、ウッドがレスポンスを繋げてきたので意識のベクトルを修正した。

「そうなんですか?」

 リンの問いに、ウッドは首肯した。リンは何とも形容し難い複雑な顔をした。いったい誰がどんな話を吹聴してくれているのやら。知りたいが、知らない方がいいのかもしれない。

 思い直すリンの心情など知らないウッドは、これまた爽やかに笑う。こんなに短い間にどうしたらそう何度も笑顔を浮かべられるのか、リンには疑問である。

「それに俺は、聞くだけじゃなくて、君のことを見てもいたんだ」

「……そうなんですか?」

「ああ。去年、俺が魔法史の授業を受けてるとき、君は飛行訓練をしていたんだ」

 よく窓から見てたと言うウッドに、リンは「ああ、なるほど」と相槌を打った。いや真面目に授業受けろよ、などとは言わない。魔法史の授業中なら仕方ない。あれは寝るか内職をするための時間であるようなものだ。

「俺は君が飛ぶのを見ていた。そして思った」

 ここでウッドは、リンの目を真っ直ぐに見つめてきた。それを受け止めたリンは、彼の目にチラチラ輝く光を認めた。……あ、めんどくさいことになりそう。そうリンが思ったと同時だった。

「君は、素質がある。クィディッチの選手になるべきだ」

「勘違いだと思われます」

 さらりと流そうとしたリンだったが、ウッドには通用しないようだった。「勘違いなわけあるものか!」と目をかっ開いて、リンへと詰め寄ってくる。あまりの勢いに、リンは一歩下がった。

「君の飛行技術には、目を瞠るものがあった! あの流れるような動き! まるで箒というより風に乗っているみたいだった!」

「遠目から見てるとそう見えるのかもしれませんね」

「方向転換、ターンの優雅さ! 空を舞っているようだった!」

「遠心力とかいろいろ利用してるだけの、ただの力技ですよ」

「何と言っても、驚くべきはあの速さだ! 学校にある箒なんてほとんどが使い古しの中古品で、あまり性能は良くない。空気抵抗が強く、たいした速度は出せない……」

「なかには良いものもあると思いますけど」

「それにも関わらず、君の飛行はかなり、いやとても素早かった。群を抜いていた」

「周りの子たちが、飛行が苦手でしたし」

「俺は感動した ――― まさに、空を飛ぶために生まれてきた子だと」

「どんな子ですか、それ」

「そして俺は確信した。これはもう、クィディッチに勧誘するしかないと」

「いや、私、ハッフルパフ生ですからね?」

「君は優秀な選手になる ――― そうだな、チェイサーかシーカーなんてどうだ?」

「あの、せめて話聞いてくれませんか?」

 演説じみたものをぶち上げているウッドに、リンは力なく言った。だが、予想通りというか当然の流れというか、ウッドは聞いていないようだった。今度は「もしチェイサーになるんだったら」と心得的なものを語り出している。

 リンは諦めて、勝手に話をさせておくことにした。ふう、とついた溜め息さえも、ウッドの言葉に絡みつかれて、重さに耐えられず地面に落っこちたような気がした。

 しかし、ここまで人の話を無視し切るとは、なかなかの曲者〔くせもの〕だ。もはや一種の才能である。もし自分が第三者として会話を聞いていたなら彼のスキルに感嘆していただろうが、当事者なので困惑しか生まれない。……どうしたものか。

 次にシーカーとしての心得を声高に論じているウッドを、ぼんやりと眺めながら、リンは考えた。

 ある意味、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーより性質〔たち〕が悪いかもしれない……いや、ウッドの方がまだマシだ。リンは思い直した。

 ウッドの根底にあるものは、クィディッチに対する深く熱い愛だ。なので、何もリンだけが頭を悩ませられているわけではないはずだ。しかしジャスティンのほうは、そもそものベクトルがリンにしか向いていない。ということは、リンは彼から逃げられないというわけだ。なんと面倒な。

 リンが友人に対する憂鬱を感じたとき、タイミング良くウッドが話を切り上げた。

「 ――― まあ、ざっとこんなもんだな。何か質問はあるかい?」

「いえ、とくには。丁寧な説明をありがとうございます」

 まったく聞いていなかった素振りなど微塵も見せず、リンは礼と共に軽く微笑む。ウッドは「どういたしまして」と、どこか誇らしげに笑う。こうしていると普通に気のいい好青年なのにな、とリンは思った。

「また何かあったら、遠慮なく俺のところに来てくれ」

「はい。そのときはよろしくお願いします」

 当たり障りのない返答をし、リンはそっと一息ついた。やっと終わる……。

 ……ところが、そうはいかないようだった。ウッドがリンに、さらなる会話を振ってきた。

「そうだ、リン、ニンバスが新しい箒を出したのは知ってるか?」

「……いえ。そういうのは、少し疎くて」

「もったいないなあ。うん。今からでも遅くない、見に行こう」

「……は?」

「大丈夫、すぐそこだ」

 爽やかに笑いながら、ウッドはリンの手を引いて歩き出す。ちょっと待ってとリンが焦り出す前に、二人は「高級クィディッチ用具店」の前に辿り着いてしまった。

 ここまで来たら仕方ない。リンは諦めの溜め息をついた。

「ほら、リン、見ろよ ――― 素晴らしいと思わないか?」

 ショーウィンドウの中に入っている箒をうっとりと眺めて、ウッドが言った。リンも目を向ける。スラリとしたシルエットが実に美しい箒だ。ピカピカに磨き上げられた柄に、これまた美しい金文字で銘が書かれている ――― 「ニンバス2001」。

「今月出たばかりの最新型だ……」

 熱を込めた目でニンバスを見つめ、ウッドは惚れ惚れと溜め息をつく。リンは瞬いた。

 確かに綺麗な箒だと思う。技術的な水準も相当高いだろうとも予想がつく。だがリン個人としては、色合いが微妙に気に入らなかった。旧型ニンバス2000シリーズに比べて、少し色が暗いのだ。

 もう少し温かみのある色合いがいいなぁと思うリンの横で、ウッドが箒に関する蘊蓄〔うんちく〕を語り始める。

 それをまた適当に聞き流しつつ、リンは、いつ話を切り上げて帰ろうかと思案した。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で受けたショックは、とうの昔に消えてしまっていた。


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