『なんで僕が演技してるって分かったんですか?』

 大きなグレーの瞳に不機嫌さをにじませて、黒髪の少年が言った。湖のそばの木に寄りかかって読書していた黒髪の少女は、少年を一瞥した。

『君の心が泣いてるのが視えたから』

『……心の声が聴こえるってことですか?』

『聴こえるんじゃない。視える。……心情も過去も未来も』

 瞬きする少年を見つめる目を細めて、少女は『気味の悪さが分かったらさっさと消えれば』と視線を外した。ぱらりとページがめくられる。少年は数秒なにやら考えたあと、おもむろに人一人分のスペースをあけて少女の横に腰を下ろした。少女が胡乱げな視線を向ける。少年は湖面に反射する日光をぼんやりと見つめた。

『……僕、純血一族に生まれたんです。両親は純血主義で、僕にいろいろ教えてくれました。でも兄は、両親の言ってることはまちがってるって。アンドロメダとか何人かも同じこと言ってて。それで僕、長いことずっと冷静に考えてみて、たぶん兄が正しいんだろうなって思ったんですけど、でも兄にもまちがってる部分があるって思って』

 つらつらと語り出す少年に眉を寄せつつ、少女は読書を続けた。おそらく聞いてはいるが、遮ることはしない代わりに相槌も打たないと決めたのだろう。

『兄が反抗するから、両親は僕に「いい子」でいるようにって望みました。僕は迷ったけど、僕のほかにはもういないし、両親が悲しむのはイヤだから「いい子」でいることに決めました』

 ぱらりとページがめくられる。少年が少女へと顔を向けた。視線を感じてか、少女が目だけで少年を見る。少年がかすかに笑みを浮かべる。

『演技してるってあなたに言われて、僕あせったけど、でも、うれしかった。だってバレてるなら、ほんとのこと言えるから』

 少女は無表情ではあったが、少年から笑顔を向けられたのが予想外だったらしい。言葉もなく、ただ少年を見つめていた。たっぷり五秒の沈黙ののち、ようやく口を開く。

『……まちがっていると気づいた上で結局は親を選んだのなら、愚かだね』

『でも、だって家族が好きだから。父上も、母上も、クリーチャーも、……内緒だけど兄さんも』

『………』

 寂しそうに笑った少年を見つめる黒い目は、まぶしそうに細められていた。



『ルシウス・マルフォイに怪我をさせたと聞いたが』

 図書館の片隅で読書している黒髪の少女に歩み寄りながら、眼鏡の青年が無表情で言った。少女は本から目も上げず、一言『ああ』と返した。青年が眼鏡を押し上げる。

『目上に対して理由もなく暴力をふるうなど、何を考えてるんだ』

『私の前でレグとセブを「死喰い人」なんかに勧誘した。立派な理由。それに、あいつを目上だと判断したことはないし、言って通じる人間なら投げ飛ばしたりしない』

『だとしても、論理より武力を選ぶとは何事だ。由乃の名を穢すつもりか』

『……「人間は血筋や家柄等の出自ではなく実力や人柄で判断すべき」をモットーとする、強い魔力を持つ東洋一の魔法族……表向きは立派に見えるかもしれないけど、本家筋の嫁や婿は容姿端麗の純血という暗黙のルールに、能力や性格が「望ましくない」者は恥とする家風。……はなから薄汚れてるよ、由乃の名なんて』

 本を閉じて立ち上がり、少女は『うるさい』と青年を見据えた。何やら言葉を発そうとしていたらしい青年が喉を押さえる。超能力で声を戻そうとする青年の横を、少女が静かに通り過ぎる。

『……っ』

 本棚の角を曲がったところで、誰かが少女を避けた。赤いネクタイをした、艶やかな黒髪にグレーの目の美少年だ。どうやら話を聞いていたらしく、気まずそうな顔をしている。少女は無表情のまま美少年の横を通り抜けた。



 雪が降っている中庭の石のベンチで、おそらく雪よけの結界をはって、少女が読書していた。ページをめくったところで、おもむろに本を閉じて『……何の用』と視線を滑らせる。

『こんなところで読書とか頭おかしいんじゃねーのか』

 ぐるぐる巻きのマフラーに顔を埋めていてもハンサムだと分かる黒髪の少年が、『寒い』と『バカだろ』を繰り返しながら、サクサク音を立てて少女に歩み寄ってきた。少女は無感情な目で少年を見上げ、その黒い目と目を合わせた少年が眉を寄せる。

『……あいつから聞いたんだよ、副作用のキツくない「脱狼薬」をおまえがつくったって。で、まだ自分は本調子じゃねーから代わりに礼を言ってくれって』

『おまえに礼を言われたところで微塵も嬉しくない』

『……どうせ俺を通して見えるんだろ、あいつの笑顔』

 瞬きを一つして、少女が『……フン』と視線をそらした。少年が空気を揺らして、ベンチの端に腰を下ろす。

『……あいつは、人間の汚い面を見て触れてきたわりに心がきれいで、まぶしい。それが理由』

 唐突に呟いた少女に、少年が『……思考を読むなよ』と半眼になった。少女が『好き好んで視てるわけじゃない、勝手に視えるんだ』と返した。どうやら先ほどの言葉は、少年の頭に浮かんだ疑問に対する答えらしい。

『……おまえと私はそこまで似てない』

『だから読むなっつの!』

『境遇が似通っているという認識は否定しないが、心がぜんぜんちがう。おまえは人間を大切にできるが、私はちがう』

『おまえも一部の人間は大切にできてるだろ。話しかけられたら立ち止まって話すし、もらった手紙を律儀に保管するし。……充分だろ』

 空を見上げて白い息を吐き出す少年を横目で見て、少女は無言で空を見上げて鼻を鳴らした。



『……子どもなんて無理だ』

 椅子に座って腕組みをした女性が呟いた。何かの本を読んでいた黒髪の青年が『……またそんなこと言って』と苦笑をこぼした。本を閉じて女性へと歩み寄る。

『産んでください。好きな人の子どもなんですから』

『……あいつは嫌いじゃないが、あいつの子どもはどうか分からない』

『大丈夫ですよ。いまの時点でけっこう愛着持ってるでしょう』

『馬鹿か。何を根拠に』

『なんとなく』

『………』

 クスクス笑う青年に、女性は視線を青年から外した。黒髪からのぞく翡翠色のピアスが、窓から入ってくる光を受けて煌めく。青年は自分の耳にあるピアスに触れて、それから本を開いて読書を再開する。

『……母親なんてできない』

『大丈夫ですよ、兄さんも父親なんてできませんから』

『それは大丈夫と言うのか』

『不器用な初心者同士、二人で協力してやっていけば大丈夫ですよっていう意味です』

『………』

『自分がやってほしかったことをやってあげて、やってほしくなかったことをやらないようにすればいいんですよ、きっと』

『干渉しなければいいってことか』

『少しは干渉してあげてくださいね』

『………』
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