ウィーズリー氏は予想よりかなり早くに退院を果たした。クリスマスにふつうに間に合ったのを見て、スイは「原作って何だろう」と虚無感に襲われた。今年はとくに展開の変更が多い。先が読めなくなってきた。

 頭を抱えるスイを訝しげに眺めつつ、リンはクリスマス・プレゼントの山の片づけに追われている。年々増量していく差出人匿名のプレゼントが少しだけ怖い。とりあえず友人たちからのプレゼントから開封して整理していると、肩にジニーがくっついてきた。

「ね、リン、ビルからのプレゼントはどうだった? 何もらったの?」

「ビル? ああ……あ、手鏡をありがとう、ジニー」

「どういたしまして! あれ使ってたくさんオシャレしてね! それで、ビルのは?」

「きれいなアルバムをいただいたよ」

「………」

 なぜか小むずかしい顔で黙ってしまったジニーを不思議に思いつつ、リンは今度きちんと写真を整理しようと決めた。ハンナたちに巻き込まれて写真を撮ることがしばしばあるものの、あまり写真が好きではない故かアルバムをつい買い忘れ、無造作に箱に入れて終わりになってしまっているのだ。たしか以前にそんな話をした覚えがあるので、見かねて贈ってくれたのだろう。ありがたい。そしてデザインも好みだ。

「ちなみにセドリックからは何が届いたの?」

「………」

 ハーマイオニーから遠慮なく問われ、うっかりウィーズリー夫人お手製のパイが詰まった箱を落としかけた。赤面とまではいかないが、ちょっとだけ苦虫を噛み潰したような表情でハーマイオニーを見やる。ハーマイオニーはなんとなく楽しげな表情で返答を促してきた。リンはため息をつく。

「……手袋」

 冬でも素手でいるリンのことを気遣ったんだろうな。とスイたちは思った。というか、マフラーもあまり巻いていないし、見ているだけで寒いのだ。リンとしては冷気よけの結界を張っているから必要ないと判断しているだけなのだが。

「……私、そんなに寒そうに見える? ジャスティンからも手袋をもらったし、ノットからはマフラーをもらったんだけど」

「えっノットからプレゼントが届いたの?!」

 ハーマイオニーが目を見開いた。そんなに驚くことかと思いつつ、リンは証拠(マフラーとメッセージカード)を見せてみる。ハーマイオニーは瞬きをした。

「だって、ノットったらぜんぜんリンに近寄らないんだもの。『例のあの人』も復活したしで、てっきり疎遠になったのかと……」

「……お父さんを捨てきれないんだって」

 簡単に説明すると、ハーマイオニーは眉を下げて「……そう」と呟く。スイが尻尾を力なく揺らす。一方でジニーは「優柔不断ね」と眉間に皺を寄せる。リンは無言で肩をすくめて、ハーマイオニーのプレゼントを持ち上げて話題を変えた。

「……ところでハーマイオニー、クリスマス・プレゼントに『宿題計画帳』はどうかと思う」

「ああ、それね、本当に迷ったのよ。リンはしっかり者だから問題ないとは思ったんだけど、でもO・W・Lって大切な試験だから、念には念を入れてって思ったの」

「………」

 そういうことを言ってるんじゃないんだけどな。と思ったリンだったが、諦めたほうが早いと判断して、殊勝に受け取っておくことにした。たぶん使わないだろうが。

**

 時間を確認したリンがプレゼントの開封を中断し、朝食の準備を手伝いに降りていく途中、ビルと出くわした。クリスマスの挨拶を交わしてすぐ、ビルが苦笑を浮かべる。

「まだ厨房には行かないほうがいいよ」

「……なぜ?」

「パースがクリスマス・プレゼントを送り返してきてね。それでママが泣いてて、リーマスとアキが慰めてるんだ」

 リンが相づちを打とうとしたとき、上階で爆発音のような音が発生した。飛び上がった拍子に落ちそうになるスイを支えながら、リンが上方へと目を向ける。赤い光線が飛んできたのを、ビルが何かの呪文で相殺した。

「ぅぐっ!!」

 シリウスのうめき声がしたと思ったら、飛んできた。それも、ものすごい勢いで。さすがのリンも目を見開いて、超能力を発動させてシリウスを受け止める。案外負担がかからなかったのは、シリウスが本能的に魔力を放出したからか、ビルも杖を向けていたからか。そんなことはどうでもよかった。

「何事?!!」

「ナツメ!!!」

 ハリーの声が階下から耳に届いたが、体勢を立て直したシリウスの吼え声にほとんど掻き消された。ギラギラとしたシリウスの目には、どうやらリンたちは映っていないようだ。猛烈な勢いで階段を駆け上がって、はじき飛ばされて、転がり落ちるかと思いきや、四つ足で体勢を整える。なんて苛烈で過激なバトルだ。スイは思った。

「やかましいぞ」

 いつの間にか最上段に姿を現したナツメがシリウスを見下ろした。かつてないほど機嫌が悪いらしく、嫌悪の表情を浮かべている。

「何が気に食わないのか知らんが、私より弱いくせに私に指図するな」

「なにが指図だ、俺は当然のことを言ってるまでだ!! いいか、おまえは母親なんだから、」

「うるっさい!」

 ナツメの周りの空気が膨れ上がって、うねった。突風が襲いくるのが目に見えるような錯覚がして、思わず目を閉じそうになる。気合いで抑えて、視線を上げる。

「どいつもこいつも! 『母親なんだから』『母親なら』『母親のくせに』! うるっさいんだよ!」

 はじめて聞く怒鳴り声に、苛烈に輝く金色の目。見据えられているのは自分ではないと分かってはいるが、思わず身体がすくむ。通常ナツメが見せる暗く低く冷たい怒りとはまた違った迫力があった。

「だいたい私は最初から、『母親』なんてできない『子ども』なんて無理だって言ったんだ!」

 頭のなかが真っ白になる感覚。訪れた無音のなか、パチンと音がした。続いて、風が巻き起こる。

「……?!」

 ナツメを中心に、何かの魔法陣が展開される。目を見開いたリンが駆け出そうとしたとき、周りの景色が変わった。
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