翌日、ハーマイオニーとジンとスイがグリモールド・プレイスへと到着した。正式に学期が終わるまで、リンたちの不在隠蔽は遂行できたようだった。若干の疲労をにじませているジンに労わりの言葉をかけて、リンは彼からスイを受け取って抱きしめた。

「……ところでハーマイオニーはなぜここに? 家族とスキーに行くんじゃなかったの?」

「どうも私の趣味じゃないのよ、スキーって」

「ああ……そんな感じではあるな」

 さりげなく失礼な相づちをジンが打った。ハーマイオニーは怒るかと思いきや、目を見開いてジンをまじまじと見つめるだけだ。怒りより吃驚のほうが強かったらしい。私が言ったなら手足を出してくるのにな。とリンは思った。納得いかない。

「……それに、私、あなたと話したいことがいっぱいあったのよ」

 気を取り直したハーマイオニーが、リンと視線を合わせて言った。「へぇそうなんだ」と相づちを打って、リンはハーマイオニーの荷物を部屋へと転送した。察したハーマイオニーから礼を言われたので「べつに」と返し、とりあえず厨房へと二人を促す。

「いまみんなで昼食を取ってるけど、二人はどうする?」

「いただくわ。ジンに連れてきてもらったから、お昼まだなの」

「……途中で適当なカフェにでも寄るべきだったな。配慮が足りなくてすまない」

「えっ、いいのよ、べつに……早く到着したかったし……」

 だれだこいつ。スイは胡乱げな目をジンへと向けた。恩がある発言をかまして以降、なにかと距離感が近づいたというか……いや本来はこの距離感がふつうであるべきだとは分かっているが、しかし、今までのジンの態度からは想像もつかない。ハーマイオニーが困惑するのも道理である。スイはため息をついた。



 昼食後、ハリーとロンの部屋を訪れ、蛇の夢について一通り討論を終えたところで、ハーマイオニーがリンへと向き直った。

「それでね、リン。私、あなたと話したいことがあるのよ」

「あぁ……そういえば言ってたね。なに?」

「ハンナたちから聞いたわよ。セドリックに交際を申し込まれたらしいじゃない」

 バザーッと音がした。スイが見やれば、ロンがふくろうフーズを盛大にぶちまけていた。ピッグウィジョンに餌をやろうとしたが動揺して失敗したらしい。

「……え、ちょっと待って。どういうこと?」

 困惑顔で、しかしそれでも礼儀正しくハリーが聞いた。ロンも床の惨状を放置してベッドに腰かけ、まじまじとリンの顔を見つめる。わりと予想通りの反応だ。他人事なスイはぼんやりと眺めていた。

 リンはというと、ハーマイオニーの顔を見つめたままゆっくり瞬きした。あれ、そういえば珍しく赤面してないな。スイが首をかしげるまえで、リンが口元に手をやる。

「……いまのいままで忘れてた……」

「………」

 沈黙が降りた。セドリックはリア充だから実はあんまり好きじゃない……とひっそり思っているロンでさえ、ほんの少しだがセドリックかわいそうと思った。だって我が身に置き換えて考えただけで切ない。

「………」

 一方のリンは、いまさらじわじわと頬を染めはじめる。蛇騒動のせいで完全に忘れていたが、そういえば……。赤面するリンの耳に、ハーマイオニーのため息が届いた。

「まえにも言ったけど、あなたってほんと残酷だわね」

「………」

 返す言葉も見つからず、リンは視線をさまよわせる。ハーマイオニーはやれやれと肩をすくめた。

「まあ、猶予はもらえたわけだし、ゆっくり考えればいいと思うけど。でもあなたのことだから、どうせ『恋愛感情ってそもそも何?』とか『ふつうの友情とどうちがうの?』とかいろいろ疑問に思ってるんでしょ」

 さすがです女史よくお分かりで。スイは思わす拍手をした。いやぁホントさすが長い付き合いなだけはある。そんなスイの反応を見て、ハーマイオニーは「やっぱりね……」と何度目かのため息をついた。

「一応確認するけど、ふつうの好意は分かるわよね? 友情とか家族愛を含めて」

「さすがにそこは分かってきたけど……」

 大切で、役に立ちたくて、笑顔を見るとあったかくなって、危ないときはとっさに守るとか、そういう感じだよね? と問われて、ハーマイオニーは「……そうね」とうなずいた。まじめに言葉にされると、なんとなく気恥ずかしい。

「そういう『好き』全般と恋愛の『好き』にはいくつか違いがあってね。たとえば、触れたいとか、触れられたいとか、」

「キスとかセックスがしたいかどうかだろ」

 ズバッと言ったロンの頬にハーマイオニーの平手が華麗に決まった。なかなかの勢いと音だ……俊敏なリンに避けられ続けて精度が上がったか。至極どうでもいい感想をスイは抱いた。

「男子の感覚で話を進めないでちょうだい」

「で、でもほとんど一緒の意味だよね?」

「リンの性格を考えなさい! 果てしなくプラトニック・ラブに近いに決まってるでしょ!」

「ごめん」

 ロンの援護を諦めて、ハリーは殊勝に引き下がった。さりげなくひどい言われようだな。スイが内心でツッコむのをよそに、リンは「似たようなやり取り、ベティとスーザンがしてたな……」なんて考える。……あぁ、スーザンといえば。

「そういえば、スーザンから『これを読んで勉強しなさい』って恋愛小説を何冊か渡されたんだけど、その学習方法って合ってるの?」

「……恋愛まで本で学習するのかよ……」

 ロンが半眼で呟いた。ハリーも苦笑する。ハーマイオニーは「どんなタイトルの本?」と問い、リンの答えを聞いて「うーん、まぁ……」と悩ましげな顔をした。

「どれもかなりの良作だし、リンにはいい方法かもね」

 ぶっちゃけ一から教えるのもめんどくさい。とまでは思ってないが、ある程度の知識が読書でつけられるなら利用して省略したいな。と思うハーマイオニーであった。


5-29.  『好き』とはむずかしい
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