「由々しき事実に気がついた」

「他寮生が許可なく立ち入るな即刻立ち去れ」

 神妙な顔で呟いたエドガーを、ジンが超能力を行使し、寮の外へと強制送還した。一息ついたところで談話室のドアが開く。

「おまえいきなり放り出すなよ、びっくりしたろ!」

「談話室のすぐ外では甘かったか……ハッフルパフ寮まで転送すべきだったな」

「フリットウィックじいちゃんの許可は取ってるから。思春期男子として大切なお悩み相談があるって言ったら、自分で謎解きして入寮できるならいいよって快く許可してくれたし。んでもってレイブンクロー生に迷惑かけずに、ちゃんと俺が謎解きした。さすが俺って感じだろ」

「………」

 そういえば学年三位の成績だったな、こいつ。ジンはため息をついた。ちなみに一位はジンで、二位がセドリックである。

「……で、何の話だ」

 どんなにくだらない用件でも寮監の許可を取っているならば致し方ない。諦めて、ジンは肘掛け椅子に腰かけた。当番の夜間見回りを終えたばかりで少しばかり疲弊しているので、できれば手短に済ませてほしい。

「それがな、セドに関することなんだが、由々しき事態に気がついたんだ」

 テーブルをはさんだ向かいに腰かけ、エドガーが冒頭と同じポーズで同じセリフを繰り返した。冒頭と同じポーズとはすなわち、テーブルに両肘をつき、組んだ両手の上に顎を添えるという、どこぞのマグルの会議で重鎮が取っているようなポーズである。ムダなムード作りとしか思えない。

「なんと、セドとリンの恋愛模様がまったく進展していない!」

「リンに恋愛はまだ早いから問題ない。以上。俺は寝る」

「待って頼む待ってくれ。想像以上に深刻なんだって」

 一蹴して立ち上がるジンを、エドガーがすがるように引き止めた。いつもと比べてかなりマジなトーンで懇願されたので、仕方なしに再び腰を下ろす。すぐさまエドガーがずいと顔を近づけてきた。

「マジありえないんだって。セドのやつ、対抗試合で勝ったらリンに告白するって意気込んでたのに、結局しなかったんだぜ? 一応ハリーと同着一位だったから、てっきり言ったと思ってたのに! しかも、その理由が『リンに守られるような非力な自分じゃ彼女の恋人に立候補なんてできない』だぜ? どう思うよ!」

「賢明で殊勝な判断だと思うが」

「おまえセドの味方じゃなかったのか!」

「この件に関しては、俺はだれの肩も持たん」

「リンに女の子として幸せになってほしくないのか!」

「無論、彼女の幸せは願っている。だが、リンの気持ちを第一に尊重すべきだ。いま彼女はべつに恋人を必要としてはいない。ならば、」

「そりゃアイツが疎いからだろ」

「………」

 返す言葉を脳内で検索したジンだったが、残念ながらヒットしなかった。無言で眉を寄せるジンから顔を離して、エドガーが椅子にもたれる。

「つか何、リンの恋人になりたいやつは、おまえの許可とらなきゃいけねーの?」

「許可というか……どこの馬の骨とも知れんやつに名乗り出られても納得できんという話だ」

「親父かテメーは」

 エドガーが半眼でツッコミを入れた。ジンは至極まじめな顔で「心外な」と言わんばかりの表情を浮かべる。ダメだこいつ。諦めて、エドガーは話を進めることにした。

「つかセドはしっかりしてるっつの。文武両道才色兼備清廉潔白、人徳も人望もあり、きちんとした家庭育ち。何が不満だよ」

「……慎重すぎてチャンスを逃してしまいやすいところ、か?」

「反論できねぇ……」

 エドガーは天井をあおいで、ため息をついた。その顔を、銀色の目がのぞき込む。

「そのセドってひとのこと、リンはどう思ってるの? あたしが見てる限り、恋してるってふうには見えなかったけどな」

「やっと立ち上がったから寝るのかと思えば、参入してくるのか」

「おまえが恋バナに入ってくるなんて意外だなー」

 突然登場したルーナに対して、ジンもエドガーもとくに驚きも見せず、それぞれ感想を述べるだけだった。最初から談話室の片隅で『ザ・クィブラー』の付録を組み立てていたのを知っていたからである。まさか会話に参入してくるとは思わなかっただけで。

「いやぁルーナも恋バナができるようになったんだな……俺も老けたなぁ」

 しみじみと遠い目をしてみせるエドガーから視線を外して、ルーナはジンを見た。質問の答えを催促している目を見返して、ジンは肩をすくめる。

「……ほかより仲の良い程度の先輩といったところじゃないか?」

「マジで? ほかにもっとねーの? 頭よくってクィディッチもうまくて頼りになるイケメンな先輩とか!」

「容姿はともかく、知能とクィディッチの腕前と頼りがいなら俺のほうが上だ」

「だれだよ日本人は謙虚とか言ったやつ」

 至極当然といった風情で言い切ったジンに、エドガーが半眼になる。謙遜もなにもない、自信に満ち溢れた言葉だった。ルーナがとくに否定しないのが悲しい。

「……あーあ、こんだけ俺が影で努力してるってのに進展ないとか、マジつら」

 力なく机に突っ伏して、エドガーが呟いた。それをじっと見下ろして、ルーナが首をかしげる。カブのイヤリングが揺れた。

「リンたちに頼まれたわけじゃないんだったら、エドガーが影で何かしてても意味ないと思うけどな」

「………」

 正論を突きつけられて何も言えないエドガー。それを放置して、時計を見やって「そろそろ寝ようっと」と踵を返すルーナ。その背中を見送って、エドガーは呟いた。

「……あれって反抗期?」

「知らん」

 スパッと切り捨てて、ジンも就寝すべく腰を上げた。


5-26. エドガーの苦悩

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