火曜日の「魔法薬学」でレポートが返却された。それ自体に問題はないのだが、採点基準に問題があった。なにせO・W・Lの基準で採点したと言うのだ。O・W・Lの重要性について何度も聞かされてきた生徒たちは少し過敏になっており、結果を見てみんな落ち込んでいた。

「最低合格ラインって、たしか『A』よね?」

 移動教室の途中、いまにも泣きそうな顔でハンナが聞いた。スーザンとアーニーがうなずくと、しょんぼりと肩を落とす。

「いまの時点でギリギリの『A』なら、私『魔法薬学』のO・W・Lは不合格だわ」

「大丈夫でしょ。まだ時間はあるんだし、上げてけるはずよ」

「でも、これからどんどんむずかしいことを習っていくんだもの。ふつうに考えて落ちる一方じゃない? ムリよ……」

 楽観的なベティとは対照的に、ハンナはいつも通りネガティブだった。このグループでは三番目に成績優秀なのだが、なぜこうも自信がないのだろうか……。リンは不思議に思った。

「O・W・Lの成績って、よく分からないんだけど。アルファベット順じゃないってことかい? 『E』は合格か不合格、どっちか分かる?」

 マグル出身のジャスティンは、点数の良し悪しが分からないらしい。アーニーが「合格だよ」と答えた。

「最高点が『優』の『O』で、『E』はその次に良い成績の『良』さ。その下が『可』である『A』だよ」

「なるほど」

「その三つが合格で、そのほかは不合格なの。『不可』の『P』、『落第』の『D』……それから『トロール並み』って意味の『T』があるけど、まぁ『T』がつくひとなんてあまりいないらしいから心配しなくて大丈夫よ」

「アタシ『T』だったわよ。笑っちゃうでしょ」

 けらけら笑いながら、ベティが言った。スーザンが硬直する。アーニーとハンナも信じられないという顔でベティを凝視する。ジャスティンが「ひどいな」と呟いた。

「ふだんから女じゃないと思ってたけど、そもそも人間にすらなれてなかったんだね。道理で哀れな頭をしてるはずだ。同情するよ」

「お黙り、性悪カール頭!」

「あなたのほうこそ黙りなさい! そんな成績で平然としてるなんて不謹慎よ!」

 ジャスティンが口を開くより早く、スーザンの雷が落ちた。ベティが「ひっ!」と首をすくめて縮こまる。ジャスティンも吃驚してスーザンを見つめた。こんな風にベティとのケンカの腰を折られることがなかったため、驚いているのだろう。

「せめて『D』だと思ってたのに……まさか『T』だなんて……あなた、よく恥ずかしくないわね! そこに座りなさい!」

「えっここ廊下、」

「座りなさい! 正座で!」

「はい!」

 説教タイムが始まった。リンはやれやれと立ち止まって、脇によけた。ハンナたちも倣う。廊下を歩く生徒たちが何事かと好奇心むき出しの視線を向けてくるので、リンは目くらましと人避けの結界を張った。

「……これ、次の授業に遅れたりしないよな?」

 腕時計で時間を確認したアーニーが呟いた。「フリットウィックだし大丈夫じゃないか?」とジャスティンが呑気に首をかしげる。ハンナが不安そうにリンのローブを引いた。

「ね、リン、止めるべきよ」

「いざとなったら私の魔法で移動するよ」

「! ありがとう、リン!」

 あからさまにホッとした顔で腕にくっついてくるハンナの頭を、リンはなんとなく撫でた。ジャスティンが無表情で凝視してきたが、無視でいいはずだ。さすがに男子の頭は撫でられない。

「……それより私が気になるのは」

 適当なタイミングでハンナの頭を撫でるのをやめて、リンが口を開いた。じっとスーザンとベティを見つめるリンに、アーニーが緊張した顔で「気になるのは……?」と続きを促す。

「このあいだ教えてから、実はスーザンって正座がブームだよね」

「もったいぶって言うことかい、それ?!!」

「さすがリン! 細かいところまで気がつく観察眼は立派です!」

「変なフォローを入れないでくれ、ジャス!」

 いちいち律儀にツッコミを入れるアーニーは忙しそうだ。同情しつつも気の利いたセリフが思いつかず、ハンナはそっと蛙チョコレートを差し出すにとどめた。疲れたときには甘いものという考えからくる気遣いである。残念ながら、アーニーをさらに困惑させる結果となってしまったのだが。

「……ところで、アーニーはレポートの点数どうだったんだい? 『魔法薬学』のO・W・Lでは満点を取らないとって言ってたけど」

「そうなの? 満点だなんて、どうして?」

 ちょいと首をかしげたジャスティンが振った話題に、ハンナが乗った。なんでこう僕以外のひとたちって団結するんだろう……と考えながら、アーニーは「ちょっとね」と笑った。

「僕は『魔法薬学』のN・E・W・Tを取りたいんだけど、スネイプはO・W・Lで『O』を取った生徒しか六学年以降は教えてくれないって小耳に挟んだんだ。だから『O』を目指してるのさ」

「取れそう?」

「どうだろう、分からないな。今回のレポートではなんとか『E』を取れたけど……さっきハンナが言った通り、O・W・Lで出題される薬はいま以上にレベルが高いだろうし……でも、最善を尽くすよ。ベティが言った通り、まだ時間はあるからね」

「私にできることがあったら言ってね」

「僕も手伝うよ」

「私も」

「……ありがとう」

 うれしそうに照れくさそうに笑ったアーニーに頬を緩めたあと、リンは時間を確認し、スーザンとベティに声をかけた。


5-18. 『トロール並み』


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