――― 親愛なるヨシノ殿

 この度ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます





 そんな手紙が届き、受け取った由乃 凛(リン・ヨシノ)は呆然としていた。

「……本当にきた……」

「まあ、当然だね」

 小さな呟きに相槌が返ってきた。凛は手紙から視線を外して、声がしたほうへ顔を向ける。

 凛から少し離れたところ、畳に置かれた座布団の上に、小さな猿が座っていた。まるで人間のように、おもしろそうと言わんばかりの表情を浮かべている。

「一族みんな受け取ったんだから、普通に考えて凛にもくると思うけど」

「……できれば、もらいたくなかったな」

「それはたぶん無理かなぁ……ていうか、そこは喜べよ」

 世の中にはその手紙が欲しくてたまらない人もいるんだからさ。そう続ける猿に、凛は「ふぅん」と気のない相槌を打つ。猿が喋ったというのにまったく動じていない。家族と話しているような雰囲気だ。

「……その人たちにあげるってことはできないの?」

「君ねぇ……、はあ、もういいや」

「? ……変なスイ」

 呆れた風に溜め息をつき渋い顔をするスイを不思議そうに見つめて、凛は手紙を机の上に置いた。そんな凛をちらっと見たあと、スイは窓越しに空を見上げた。



 スイは、本当は猿(オス)ではなく、人間(女性)だった。しかも凛よりずっと年上で二十三才だった。さらに、実は異世界人だった。

 現役で大学に合格し大学生としての生活を満喫していた、とある冬の日の学校帰りに、とある奴に襲われて刃物で刺されて殺されて、この世界へとトリップしてきてしまったのだ。それも、当時七才になったばかりの凛に憑依するという形で。

 その後いろいろあって、結局、凛の祖父によって凛から引き剥がされ、猿に憑依し直した。最初は成仏しても良かったのだが、偶然ここ――― つまりこの世界が、生前自分が愛読していた本の世界であることを知り、どうしても留まりたくなったからだ。

 とにかく、姿は小猿(しかもオス)でも中身は二十三才の女性であるスイは、凛の姉貴分として(凛は一人っ子)約四年付き合ってきたわけだ。だから、スイが言葉を話していても、凛と彼女の家族は全然気にしない。さすがに他人の目があるところでは、スイは話さないが。

 そこまで考えて、スイははたと気がついた。

「あー、そうか。そうなるとボク、学校じゃずぅっと黙ってなきゃいけないのか……大変だなぁ……」

「……え? なんで?」

 スイの溜め息に反応して、凛がいつの間にか読み始めていた本から目を上げた。不思議そうな顔をしている。スイはまた苦笑した。

「あのね、猿が喋ったら生徒たちがビックリするでしょう」

「え……スイ、学校に来るつもりだったの?」

「え、普通についていくつもりでしたけど……?!」

 スイは思わず叫んだ。この子はボクを置いていくつもりだったのか! とショックを受けているのが、しっかり表情に出ていた。それを見てしまった凛は焦り出す。荒れたスイは面倒なのだ。

「だって、ペットとして連れていっていいのは、ふくろうか猫かヒキガエルって」

 慌てて言う凛を、スイはギロリと睨んだ。

「ネズミがありなんだから猿もありだろ?! 日本人だからとか言って通せよ!!」

「無茶苦茶な……」

 そんな理由で規則を捻じ曲げられるものなのだろうか? イギリスの学校は日本より校風が緩いのだろうか……よく分からない。でも確かに、向こうには制服の指定がない学校もあると聞いたことがあるような……。

 もはや違う思考を始める凛に、スイはさらに捲し立てる。

「だいたい、ボクはね、君のことを心配してるんだよ! もしイギリスで変な虫がついたら……って、聞いてる??!」

「ああ、うん。国が違うと文化も変わっちゃうよね」

「何の話?! ちょっと待って、なんか話噛み合ってないんですけど?!! 明らかにボクの話聞いてなかったよね君!!」

「え? だって、聞かなきゃいけないような、大層な内容じゃなかったよね?」

「どうしよう泣きたい」

 両手で顔を覆ってガックリと項垂れるスイを見て、凛は「もう、スイ、めんどくさい」と呟く。

 それがさらにスイの心を抉っているのだが、あいにくと凛本人は気づいていなかったりする。きっと血筋だろうとスイは思っている。

「だいたい、スイは心配過剰なんだよ」

「……えーと、過保護って言いたいのかな?」

「そう、それ。かほご」

 上手く言い当てる言葉を見つけて満足げに笑う凛を見て、スイは思わず和む。うんうん、やっぱり十一歳ってこんな感じだよね、可愛いよね、と心のなかでしきりに頷く。

 「過保護」という概念や「過剰」といういささか難しい単語がその十一歳の頭のなかに入っているという現実はスルーする。

「……って、ボクのどこら辺が過保護なんだよ。普通でしょーが」

「母さんは、もっと……うーんと、なんて言うんだっけ……あ! そう、放任主義!」

「いやいや、あの人は放任しすぎ……っていうか、そんな難しい言葉、なんで知ってんの」

 放任どころか放置レベルな凛の母親を思い浮かべて遠い目をしたかと思えば、ハッと我に返ってツッコミを入れる。忙しいスイである。

「心配しなくても、私そんなに弱くないよ」

「あれ、ボクのツッコミはスルー?」

「いざとなったら、超能力使うし」

「……ああ……」

 そういえば、そんなもの使えたな、この子。ふと思い出して、スイは頬を掻いた。


 由乃という血筋は、“超能力”なるものを使えるらしい。スプーン曲げとか、そういう次元じゃなく。何というか、上手く説明ができないが、そういう“力”がある。

 スイが今まで見せてもらったなかで一般的なものを挙げれば、念力とか、瞬間移動とか、幻覚とか、結界能力とか、そんなようなものがある。

 由乃の言う“超能力”とは、意志を現実世界に反映するものであり、それ故、力量と気分次第で割と何でもできる。

 凛の母にそう説明されたが、大雑把すぎて部外者にはぜんぜん理解できない。とにかく“超能力”らしい。スイは無理やり自分を納得させている。

「……あれ、よく考えたら、意外と最強設定……?」

「え? スイ、何か言った?」

「いや何も」

 不思議そうに首を傾げる凛から視線を外して、スイはピシッと尻尾を振った。

1-1. 彼女と始まった夏
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