あれから三日後の朝食の時間、ハグリッドがハッフルパフのテーブルにやってきた。すっかり体調が元に戻ったスイを連れている。スイはすぐにリンの肩へと飛び移って、彼女の頬に頭を寄せた。

「おかえりなさい」

「……ただいま」

 周りに聞こえないよう小さく返事をしたスイに、リンは嬉しそうに笑って、ハグリッドを見上げる。

「ありがとう、ハグリッド」

「んにゃ、礼には及ばん。そんじゃあ、またな」

 ポンとリンの肩を叩いて ――― その力が強くて、リンは椅子から落ちそうになった ――― ハグリッドは教員テーブルへ向かっていった。

 それを見送ってスイの頭を撫でるリンに、斜め向かいに座っていたスーザンが微笑んだ。

「スイが元気になってよかったわね、リン」

「……うん」

「それじゃあ、今度のクィディッチはリンも見に行けるのね!」

 コップにアップルジュースを注いで、ハンナが大はしゃぎで言った。

 二週間と少し後に、ハッフルパフ最後のリーグ戦が行われることになっている。対戦相手はスリザリンだ。

 ちなみに、ハッフルパフはここまで二戦二敗なので、次の試合で負けた場合、クィディッチのトーナメントにおいて問答無用で最下位になってしまう。それだけは避けたいということで、現在ハッフルパフは応援ムード一色だ。

 他の寮の生徒たちも、表立ってはいないがハッフルパフを応援してくれているようだった。何しろ、今回の試合の勝敗とその点差が、寮対抗におけるスリザリンの状況に影響を与えるからだ。

 みんな今年こそはスリザリンに寮杯を渡したくなかった。皮肉なことに、この間のクィディッチの対戦での勝利でグリフィンドールが首位に立ったので、その想いがますます強くなっている。

 みんな期待と緊張、それから不安で一杯の視線をクィディッチ・チームのメンバーに送るので、メンバーたちは少し神経過敏になっているようだった。そのなかでも一番焦燥に駆られているのはシーカーのセドリック・ディゴリーではないかと、リンは思っていた。

 試合が近づくにつれて、選手たちに対する期待と応援はますます大きくなっていったし、勝敗を左右する重要なポジションであるシーカーの彼は、選手からまで頼みの綱にされていた。

 爽やかに微笑んで応える彼だが、最近は笑顔が僅かに硬くなっているのに、リンは気づいていた。

「……大変そう」

 練習を終えて帰ってきたところを寮生に迎えられて、疲れを隠して笑うセドリック・ディゴリー。そんな彼を遠目に見て、リンが呟いた。それに反応して、スイは彼へと視線を向ける。

 正直に言うと、スイはセドリック・ディゴリーのことが ――― もちろんキャラとしてだが、好きだ。

 彼が活躍していたのは長い物語のなかでたった一巻だけだったけれど、胸を張って好きな人物だと言えるくらい、彼に好感を持っていた。

 この世界で実際に彼を見ても、その感情が変わることはなかった。彼はとても良い人だ。スイはそう感じている。

 それゆえに、スイはセドリックが心配だった。誠実で、人と正面から向き合う彼だからこそ、今のプレッシャーに押しつぶされてしまうのではないかと、とても心配だった。だって、彼は今まだ十四才で、それに耐えられるほどの精神を持っているとは言い難いのだから。

「……ねえ、リン」

「? どうしたの?」

 スイは彼が心配だ。けれど、どうにかする術を今のスイは持っていない。だからスイは、代わりにリンに頼むのだ。

「お願いがあるんだけど」

「………、珍しいね」

 いったい何? と先を促してくれるリンに、スイは甘える。自分よりずっとずっと年下で、あまり何かに関心を示さないように見える子だけど、本当に必要としてくる人には躊躇なく手を差し伸べてくれる、とてもとても頼りになる優しい人であると、スイは知っている。

「……大変だから、彼を、セドリックを、助けてあげてほしいな」

 誰にも聞こえない、気づかれない、音のない心の悲鳴をずっと上げている彼を、助けてほしい。

 リンは何も言わなかった。セドリックを一瞥しただけだった。けれど、スイにはどういうわけか確信があったので、安心して笑うことができたのだった。

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