| 「……っ、すっごい、おもしろかった……!」
「どこがだよ!!」
珍しく興奮している様子の(目を輝かせ、頬を染め、口元に笑みを浮かべ、拳を握り締めている)リンに、ロンの渾身のツッコミが下から飛んできた。
パチリと瞬いたリンが視線を下げると、みんなが地べたに転がっていた。リンと同じく無事に立っているのは、ウィーズリー氏、ディゴリー氏、それからセドリックの三人だけだ。
「……なんで寝転がってるの? まだ眠いの?」
「んなわけないだろ!! 倒れ込んだんだよ!!」
「それよりロン、ハリーの上に乗っかっちゃってる。どいてあげたら?」
「君ってホント、信じられないくらいマイペースだよな」
軽くコントじみた会話をする二人に、何人かが笑う。ロンはぶつくさ言いながら、ハリーとの縺〔もつ〕れをほどきにかかった。首を傾げてそれを見つつ、リンは女の子二人を助け起こす。ジニーは疲れているだけのようだったが、ハーマイオニーの方は顔色が悪く、ぐったりしていた。
「………私、本当に、魔法使いの移動手段が好きになれないわ……」
「ハーマイオニー、平衡感覚が鈍いんじゃない?」
「そういう問題じゃないと思うわ」
口を利くのも一苦労なハーマイオニーに代わって、ジニーがリンに言った。それからリンの腹部を指差す。
「あと、リン、スイもぐったりしてるわよ」
視線を下に向けて、リンは目を瞬かせた。ジニーの言う通り、スイが上半身ごと項垂れている。リンの腕に支えられていなかったら、頭から地面へと落っこちていただろうと思わせる体勢だ。本当に絶叫系に弱い人だと思いながら、リンはひょいとスイの身体を起こし、またフードの中へ入れてやった。
ウィーズリー氏は「ポートキー」を管理している役人と一言二言話して、みんなに「行くよ」と声をかけた。それに応じて、一行は荒涼とした荒地を歩き出した。霧が深くほとんど何も見えない。ジニーがリンの腕にしがみついてきた。
「……そこ、土が柔らかいから、足を取られないよう気をつけて」
リンたちの数歩前を進んでいたセドリックが、不意に振り返って言った。リンはちょっと驚いたが、すぐに頷いて礼を述べる。セドリックは微笑み、歩くスピードを僅かに落として、リンの横に並んだ。
「なんていうか、すごい霧ね、リン」
「まだ気温が低いからね」
「二人とも大丈夫かい? 寒くない?」
セドリックはリンとジニーを見下ろした。紳士的な態度(とハンサムな顔立ち)に、ジニーが頬を少しだけ染める。一方、リンは特に顔色を変えることもなく、自分は大丈夫だと返した。
「ジニーはどう? ちょっと寒いかな」
「だ、大丈夫」
ぎくしゃくと頷いたジニーを訝〔いぶか〕しみながらも、リンは、ジニーを腕にくっつけたままさりげなく右へと流れ、地面の窪んだ部分を避ける。図らずもセドリックの方へ寄っていく形になったリンを、ジニーが見上げた。
「二人は仲が良いの?」
「うん? んー……まぁまぁ、かな」
突然どうしたのかと疑問を抱きつつ、リンは当たり障りのない返答をする。隣のセドリックは、ジニーの質問に一瞬身体を硬直させたあと、リンの言葉を聞いて、力を抜いた。
地味に落胆している彼を見て、スイ(ようやく「ポートキー」のショックから復活した)は、リンの鈍さに安堵したいような、気づいてもらえていないセドリックに同情したいような、なんとも言えない気分になった。
ジニーがまた何かを言おうとしたとき、ふとリンが前方に目を向けた。あ、と声が漏れる。スイも視線を流し、パチパチ瞬いた。
真っ白な霧の中、目の前にゆらりと、小さな石造りの小屋が見えてきた。その脇に門がある。目を細めたスイは、その向こうに、ぼんやりとだが、何百というテントが立ち並んでいる光景を見た。
「……君たちのキャンプ場だね」
セドリックが呟いた。その声音に切なさと悔しさが滲んでいるのに、スイは気づいた。ディゴリー父子はリンたちとキャンプ場が違うため、ここで別れなければならないのだ。
ふうと溜め息をついたあと、セドリックはリンに微笑みかけた。
「……じゃあ、リン、また」
「あ、はい。また」
お互い楽しもうと告げるリンに、セドリックは柔らかく目を細める。そして頷いたあと、スイやジニー、それから他のメンバーにも挨拶をし、父親と並んで先へと進んでいった。
セドリックの後ろ姿を見送り、スイはまたリンのフードの中へと引っ込んだ。欠伸を噛み殺しながらセドリックについて悶々と思案する。
あーだのこーだの、声に出しはしないものの、頭を振ったり腕を振り回したり、身体全体を使って考え込むスイに、リンはこっそりと溜め息をついたのだった。
ロバーツという管理人とやり取りを交わしたあと、リンたちは霧の立ち込めるキャンプ場へと足を踏み入れた。長いテントの列を縫うように歩きながら、リンは周りを観察した。
ほとんどのテントは、ごく普通に(つまり、マグル流らしく)見えた。テントの主たちの努力が窺える。しかし、煙突をつけてみたり、ベルを鳴らす引き紐や風見鶏などをつけたりしているところで、ボロが出てしまっている。
だが、それならまだいい方だった。どう見ても魔法仕掛けのものとしか思えないテントが、あちこちにあるのだ。縞模様のシルクでできた、小さな城のような豪華絢爛なテント(入口に生きた孔雀つき)や、三階建てに尖塔が数本立っているテント、果てには、鳥の水場や日時計、噴水まで揃った前庭つきのテント。
「……なんていうのかな。見栄張りすぎてて、逆に頭悪く見えるっていうか……滑稽じゃない?」
「君が言うと、ホント辛辣に聞こえるんだけど」
至って真面目に微笑んだリンに、ロンが同じく真面目に言った。フードから顔を出していたスイが頷く。リンは「そう?」と不思議そうに首を傾げた。別にそんな他意はなかったのだがと述べるリンに、友人たちがなんとも言えない表情を浮かべる。
悪意がないからこそ心に突き刺さるということを、果たしてリンは知っているのだろうか……。スイが遠くを眺めるような目つきをしたとき、一行は「うーいづり」と書かれた立て札の前に到着した。
「……スペルのミスり具合に愛嬌を感じるね」
「そうじゃないだろ」
またもやピントのずれたコメントをするリンに、ロンが再びツッコミを入れた。その少し前方ではウィーズリー氏が嬉しそうにニッコリしている。なんでも、ここは競技場に一番近い最高のスポットだとか。裏を返せば、一番落ち着けない場所ということになる。リンはちょっとだけ憂さを感じた。
みんながそれぞれの荷物を地面に降ろしたところで、ウィーズリー氏は面々を見渡した。興奮しているようで、目がキラキラ輝いている。
「魔法は、厳密には許されない。マグルの土地に、これだけの数の魔法使いが集まっているのだからね ――― ということで、テントは手作りでいくぞ!」
フレッドとジョージが絶望的な呻き声を上げた。ロンとジニーも顔を歪めている。だが父親は子供たちの反応を気にも留めない。
「なに、大丈夫だ。そんなに難しくはないだろう……マグルがいつもやっていることだし……さて、どこから始めればいいと思う?」
ウィーズリー氏は、リン、ハリー、ハーマイオニーを見た。ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせ、同時に首を振る。二人とも経験がないらしい……なんとなく予想していたことなので、リンは特に驚かなかった。
だが、一人でこの面々に指示を出すとなると、少しばかり憂鬱だ。リンは小さく息をつき、仕方ないと諦めつつ、一歩前に出て口を開いた。
4-11. テント立ち上げ
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