| 翌日、リンは夜明け前に起床した。時計を見ると、ウィーズリー夫人が起こしに来るまで少し時間があった。ちょっと悩んだあと、リンは手早く着替え、まだ寝ているハーマイオニーとジニーを起こさないよう、そっと部屋を出た。
キッチンにはウィーズリー夫人ただ一人がいた。他は誰も、ウィーズリー氏すら起きてきていないらしい。リンが挨拶をすると、夫人は驚いたようだった。
「まあ、リン、ずいぶん早いのね」
「起きたい時間に起きられるのが特技なんです」
「それは便利ね」
冗談混じりで笑うリンに、夫人もクスクス笑った。そのとき、廊下の方でガサゴソ音がして、ウィーズリー氏が現れた。眠そうな顔をしていたが、夫人に続いてリンから挨拶されて、パチクリ瞬いた。
「ずいぶん早いね、リン」
「モリーさんにも言われました」
そんなに変なことかと問うリンに、夫妻は顔を見合わせて苦笑し、あえて答えなかった。それよりとウィーズリー氏がリンに詰め寄る。
「リンはキャンプをしたことがあるかい?」
「あ、はい。小さいころに叔父上 ――― あの、アキヒトさんに連れられて」
頷いたリンに、ウィーズリー氏は目を輝かせた。その後ろを通って、夫人がキッチンを出ていく。おそらく子供たちを起こしにいくのだろうとリンは思った。
「それはマグル式でかね?」
「え? ああ、どちらのものも経験しましたが……まさかマグル製のテントでキャンプをするんですか?」
それでは相当数用意しないとテント(特に男子用)に人が入りきらないのでは……と心配したリンに、ウィーズリー氏が「いや、いや!」と笑った。
「使うのはこちらのテントだよ。ただ……そう、マグルの土地で魔法を使うのは好ましくないからね、テントを張るのは手作業でやろうと思っているんだ」
「……ああ、なるほど」
リンは特に何もコメントしないことにした。ウィーズリー家の大黒柱がかなりのマグル贔屓だという事実は周知のものである。マグルの製品を使う絶好の機会に、彼が内心で諸手を上げて喜んでいるのは、リンには容易に汲み取れた。
「どうだろう、やっぱり難しいかね?」
どこか期待顔のウィーズリー氏の質問にリンが答えようとしたとき、ウィーズリー夫人が帰ってきた。思った以上の早さにリンは驚き、これは「姿現わし」をしたに違いないと思った。
「リン、アーサー、お茶を淹れましょうか?」
「あ、私がやります」
リンは素早く夫人の元へと歩み寄った。夫人は朗らかに礼を言い、竈〔かまど〕にかけた鍋の方へと歩いていく。ウィーズリー氏は妻が戻ってくると途端に口を閉じていたのだが、話し相手がいなくなったので、席に着いて大きな羊皮紙の束を取り出した。切符らしきそれを、じっくり丁寧に検〔あらた〕めにかかる。
お茶を用意したあともリンが甲斐甲斐しく夫人の手伝いをしていると、ハリー、ロン、フレッドとジョージがキッチンへと下りてきた。みんな眠そうだ。寝癖まで瓜二つな双子を見て、リンはいったいどうなっているのかと興味を持った。
「女の子たちはまだかしら」
男性陣が「姿現わし」について話し出したとき、夫人が天井の方を見た。男子より先に声をかけたのに……と呟く夫人に、リンが様子を見てくると申し出る。夫人は眉を寄せた。
「でも、リン、悪いわ。あなたにはもういろいろと手伝ってもらってるのに……」
「気にしないでください。スイの様子も見にいきたいから、ちょうどいいんです」
ニッコリ笑って颯爽とキッチンを出ていったリンは、自分の後ろ姿を見送った夫人がリンに感動しつつ「それに比べてうちの子たちは」と息子たちを睨んでいたことなど、知りもしなかった。
ジニーの部屋に着いたリンは、案の定ぐっすり眠っていたスイを、揺さぶったり摘み上げたりした挙句、冷たい床に転がすことで強制的に起こした。その際の奇声のおかげで、ぼんやりしていたハーマイオニーとジニーの頭はしっかり覚醒した。
ガタガタ震えるスイにさすがに罪悪感を覚え、リンは彼女を自分の羽織っているパーカーの中へ入れてやった。
「お、おはよう、リン………スイはどうしたの?」
ショックを受けたような顔で、ハーマイオニーがリンを見る。寝癖のせいで栗色の豊かな髪がすごいことになっている。リンはなんでもないと笑った。
「時間だっていうのに起こしても起きないから、ついやりすぎちゃっただけ」
「そ、そう。えっと、私、急いで支度するわね」
そう言ってハーマイオニーはバタバタし出した。ジニーも無言で、しかしものすごい勢いで着替えているところだった。突然テキパキ活動的になった二人にリンが首を傾げる。彼女のパーカーの中で、スイは尻尾を振ろうとして、やめた。
出発のときの雰囲気は、とても和やかとは言えないものだった。ウィーズリー夫人が、双子が「ベロベロ飴」を隠し持っていることに気づき、「呼び寄せ呪文」を使ってすべて回収し、捨ててしまったのだ。
ウィーズリー夫人はしかめっ面のままで夫の頬にキスしたが、フレッドとジョージは夫人よりもっと恐ろしく顔をしかめていた。双子はリュックサックを背負い、母親に口も利かずに歩き出した。
その様子を呆れて見ていたリンは、なぜか双子の道連れにされた。右にフレッド、左にジョージと、しっかり挟まれる。ご丁寧にも腕組み付きだ。「リンに迷惑をかけるんじゃありません!」という母親の声は無視された。
「あ、あの! モリーさん、行ってきますっ!」
連行されながら、リンは振り返って、離れていく夫人に声をかけた。夫人は険しい顔をしていたが、リンに微笑んで手を振ってくれた。双子に拘束されているために手を振り返すことができないのが残念だ。
リンのパーカーのフードから顔を出したスイが、やれやれと溜め息をつき、リンに代わって夫人へと尻尾を振った。大きく二回ほど振ったあと、スイは寒さに耐えられず、またフードの中に戻って丸まった。
「……捨てられて悲しかったの? それとも、認められなくて悔しかったの?」
庭を出た辺りで、リンが空に向かって言った。両腕を締めつける力が僅かに強まったような感覚を覚えて、リンは苦笑する。
「手を繋ごうか? 腕組みじゃ歩きづらいでしょう?」
一瞬の沈黙のあと、フレッドとジョージが同時に口を開いた。
「それじゃあ寒いだろう?」
再び訪れた一瞬の沈黙のあと、リンが笑みを漏らした。左右を見なくとも、二人がどういう顔をしているか分かる。きっと口端を吊り上げているのだろう。
「丘にさしかかったら、手に変えてやるよ」
「むしろ、俺とジョージで交代しながら抱えてってやるよ」
「恥ずかしいから遠慮します」
ぼんやりと会話を聞きながら、スイは口元に緩く笑みを浮かべ、目を閉じた。
4-9. 出立時にも一悶着
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