ウィーズリー夫人による双子の説教タイムは、なかなかに長かった。やっとキッチンから怒鳴り声が聞こえなくなったとき、リンはとっくに本の残りのページを読み終えてしまっていた。

「……モリーさんを手伝いにいこうかな」

「あ、じゃあボクも行く」

 リンが呟くと、クルックシャンクスと一緒に捕まえた庭小人をブラブラ手からぶら下げて眺めていたスイが反応した。庭小人を雑に放って捨て、リンのところへと駆けてくる。その背後で庭小人が地面で伸びていた。

 本を部屋へと転送したリンが立ち上がったとき、クルックシャンクスが足元を通り過ぎた。どうやらまた別の庭小人を追い回しているようだ。スイは尻尾をヒョイと振った。

「モリーはまだ機嫌が悪いと思う?」

「火山から出てきたマグマが、すぐに冷えると思う?」

「…………」

 なんとも的を射た問い返しに、スイはふいと明後日の方向を眺めやる。リンはちょっと笑った。そこでちょうど、フレッドとジョージが勝手口から出てきたところに出くわした。二人ともムスッとしている。

「大論争だったね」

「どういたしまして」

「きっとパーシーが騒音に邪魔されて怒ってるよ」

「そりゃあよかったぜ」

 リンの言葉に、二人はちょっと機嫌を取り戻したようだった。彼らのパーシーに対する態度も相変わらずだ。スイが息をつくのを聞きながら、リンはキッチンへと戻った。

 キッチンにはウィーズリー夫人しかいなかった。ウィーズリー氏はどこかへ退散したらしい。リンに気づいた夫人が、流しに入っているジャガイモを指差した。

「ああ、リン、悪いんだけど、ジャガイモがちゃんと洗えてるか見てくれないかしら」

「いいですよ」

 リンが指示通りの作業を始めて少しして、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーの四人がやってきた。手伝いに来た様子だ。

「また庭で食べますよ。お嬢ちゃんたち、お皿を外に持っていってくれる? あの子たちがちゃんと伝達をしてくれてるなら、ビルとチャーリーがテーブルを準備してるはずだから」

 夫人がピリッと言った。フレッドとジョージのことだと、リンとスイには分かった。ハーマイオニーとジニーは、またキッチンに戻ってこずに済むようできるだけたくさんの皿を持って出ていった。

「そこのお二人さんは、ナイフとフォークをお願い」

 戸棚から鍋やフライパンを引っ張り出しながら、夫人はぶっきらぼうに指示した。ハリー相手にそんな口調になるとは意外だ。スイは目を丸くした。相当ご機嫌ななめらしい。

「モリーさん、ジャガイモは問題ないですよ」

「そう。じゃあ今度は、そうね、チキンとハムをお願い。パイにするの」

「あ、それなら前に作ったことがあります。美味しいですよね」

 この状況で平然と会話をするリンに、ハリー、ロン、スイが畏敬の念を込めた視線を送った。三人とも、リンが空気をまったく読まないことを充分知っているが、何度見ても驚嘆してしまう……時折は、アホじゃないのかとも思っていたりするのだが。

 少しは緩くなってきていた空気は、ウィーズリー夫人が鼻息荒く喋り出したために、またピリピリしたものに戻ってしまった。

「あの二人ときたら………あの子たちがどうなるやら、私には分からないわ。まったく。志ってものがまるでないんだから。できるだけたくさん厄介事を引き起こそうってこと以外は」

 ドンッと大きな音がした。包丁を用意しようとしていたリンが思わず振り返るが、なんてことはない。夫人が大きな銅製のソース鍋をテーブルの上に置いた音だった。荒れてるなあとスイは尻尾をブンッと振った。

「脳みそがないってわけじゃないのに……」

 イライラと呟きながら、夫人は杖の先からクリームソースを出し、鍋を竈〔かまど〕に載せたあと火を焚きつけた。

「でも頭の無駄遣いをしてるのよ。いますぐ心を入れ替えないと、あの子たち、本当にどうしようもなくなるわ」

 未だ肩に乗っているスイにそろそろ降りるよう言い、リンは手ごろな包丁を引き出しから取り出し、まな板の前へと戻る。さすがに包丁を使い出すということで、スイはするりとリンの肩から降り、空いている椅子の背の部分に器用に乗った。

「あの子たちのことでホグワーツから受け取ったフクロウ便ときたら、他の子のを全部合わせた数より多いんだから……このままいったら、ゆくゆくは『魔法不適正使用取締局』のご厄介になるでしょうよ」

 ここで夫人は、くるりと振り返って、杖を引き出しに向けて一突きした。引き出しが勢いよく開き、包丁が数本引き出しから舞い上がり、キッチンを横切って飛ぶ。未だに残っているハリーとロンが慌てて飛び退いたのを、スイはぼんやり眺めた。

 包丁は、淡々とチキンを切り分けているリンの横へと飛んでいき、流しにあるジャガイモを切り刻み始めた。

「どこで育て方を間違えたのかしらね」

 夫人が杖をテーブルの端に置き、また別のソース鍋をいくつか引っ張り出しにかかった。ロンがハリーに声をかけ、勝手口から出ていく。スイはテーブルの中央の方に「だまし杖」が置いてあるのに気づき、溜め息混じりにそれを回収した。

「もう何年も同じことの繰り返し。次から次へと……あの子たち、言うことを聞かないんだから」

 プリプリしながら夫人が杖を取り上げ、竈にかけたソース鍋の様子を見る。それからちょっと沈黙が流れた。

「……あの二人は、自分をはっきり持ってると思います」

 パイ生地を作り出したリンが、唐突に言った。別のソースを用意していたウィーズリー夫人が顔を上げる。スイもパチクリ瞬いた。

「今回の悪戯はちょっと悪質でしたけど、いつもそうってわけじゃないです。普段の双子は、周りの人を元気にさせてくれるような悪戯をしてます。流れている空気を明るいものに変えるために、二人は動いてるんですよ」

 せっせと生地をこねながら、リンはゆっくり言う。上手く伝えられる言葉を探しているように、スイには見えた。

「フレッドとジョージの洞察力はすごいですよ。誰かが苛立ってるとか、落ち込んでるとか、すぐ感じ取っちゃうんです。私も、それで彼らに助けられたことがあります」

 どこか遠くを見るようにして、リンは目を緩く細めた。リンがいつ双子に助けられたのか、スイはなんとなく予想がついた。ゆらゆら尻尾が揺れる。ふとスイがウィーズリー夫人を見ると、彼女はじっとリンを見つめていた。

「確かにモリーさんからしたら、あの二人がやることは『厄介事』かもしれません。でも、少なくとも私は、そうは思わないです。フレッドとジョージは、誰かを困らせるためだけに悪戯をしてるわけじゃないから」

 話しながら、リンは生地を適当な大きさに千切り、伸ばし始める。二つの行為を同時進行させるのは、もはやリンの特技である。なんとも器用なとスイはいつも通り思った。

「沈んだ気分を吹き飛ばすためだったり、困ってる誰かを助けるためだったり……あの二人は絶対に、たとえ一人でも他人のことを考えてます。そうは見えないように取り繕ってるから、分かりづらいですけどね」

 ちょいちょいと指を動かしてパイの原型を整えたあと、リンは手を止めて夫人を振り返った。

「モリーさんが育て方を間違えたなんてこと、ありませんよ。フレッドとジョージは、優しくて思いやりのある、いい人たちです。まあ、たまにちょっと、どう考えてもアホとしか言えないようなことをしますけどね」

 最後の一言は要らなかったよ。スイが表に出さずにツッコミを入れる。溜め息をつくスイにリンが首を傾げたとき、ウィーズリー夫人がようやく口を開いた。

「ねえ、リン? あなた、私たちの養子になるとか、お嫁にくるとか、そういう気はない?」

「……い、いまのところは、ない……です」

 頬を引き攣らせてぎこちなく答えたリンは、スイが雷に撃たれたような顔をしてガクッと椅子の背から落っこちかけるのを、確かに見た。

 何も考えないようにしながら、リンは残念そうな夫人の視線から逃れるように、彼女に背を向け、調理を再開した。

4-8. 嵐のあと、キッチンにて
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