| 翌朝、やはりスイの体調は戻らなかった。リンはクィディッチの観戦を諦め、ハンナたちを見送り、ハグリッドを訪ねに行った。
突然の珍しい客人に、ハグリッドは驚いていたが、快くスイの面倒を引き受けてくれたし、リンにお茶まで出してくれた。
「忙しいのに、ごめんなさい、ハグリッド」
「気にするこたぁねぇ。やっこさんはそんな大変な状態になっちょるわけでもねぇしな……ところで、リン、ケーキはいらんかね」
笑顔で勧めてくるハグリッドに断りづらさを感じ、リンはロックケーキを一切れだけもらった。とんでもなく固く、歯が折れるかと思った。
リンが無言で必死に食べていると「そういやぁ」とハグリッドが話し始めた。
「おまえさん、ヨシノっちゅう名前じゃなかったかね?」
ロックケーキのせいで口を開くことができなかったので、リンはただ頷く。ハグリッドは笑った。
「やっぱりそうか。え? どことなく似ちょるとずっと思っとった」
似ている? いったい誰のことを言っているのだろう? リンが不思議に思っている間にも、ハグリッドは話を進める。
「んで、どっちが親だ?」
「どっち……って、何が?」
やっとのことでケーキを飲み込んで、リンはようやく口がきけるようになった。
「おまえさんの父親だよ。兄貴のほうかい? それとも弟かい? 俺は兄貴のほうだと思うが……弟のほうでも納得できるわな……あいつらは見た目以外あんまり似とらん言われとったが、意外と根っこはそっくりだった」
……父親? リンは眉をひそめた。
リンは父親のことを、まったくと言っていいほど何も知らない。西洋人で、とある純血一族の男性 ――― それが母方の伯父から聞いたすべてだ。
ヨシノの人たちはリンの父親について話したがらないし、母に至っては、今や父に関心を抱いていないように思えた。父について知る術を、リンは持ち合わせていない。
「……あの、ハグリッド」
リンは恐る恐るハグリッドを見上げた。
「私は、父についてあまりよく知らないの。ヨシノは母の苗字で ――― 」
「何?」
リンが言い終わらないうちに、ハグリッドが身を乗り出した。驚いて、それから少し混乱しているみたいだった。
「なんと、こりゃあ、たまげた……おまえさん、あの変わり者の子かい!」
「………、変わり者……」
「ナツメのことだ。やっこさん、スリザリンにしては、ちと毛色が違っとってな。スリザリンの変わり者……みんなそう呼んどったんだ」
ハグリッドはふうと息をついて椅子に深く座り直した。
「しっかし、たまげたわい……てっきりハルかアキの子だとばっかり……まさかナツメの子だとは、夢にも思わんかった……だがまあ、言われてみりゃ、あの子に似とらんこともないわな。え?」
紅茶をグビッと飲んで、ハグリッドはリンに笑いかけた。
「顔はあんまし似とらんがな………おまえさん、顔立ちはハルとアキにそっくりだ。きっと祖父さん祖母さん譲りだな。ヨシノの奴らはみぃんな ――― あの子はそうでもないと言われとったが ――― 綺麗な顔立ちをしちょる……でもおまえさん、表情とか雰囲気は、ちょっぴりだが、ちゃんとナツメに似とるな、うん」
ハグリッドは、もう一度ガブリと紅茶を喉に流し込んだ。
「喋り方も、どことなーく、あの子を思い出すな。おまえさん、面倒くさがりで、他人の言っとることにちーっとも興味を示さんことがあったりするかね? ん?」
ちょっと考えて、リンは微笑んだ。ハグリッドも、そうだろうという顔でニッコリした。
ハグリッドは、そのままロックケーキを一切れ口に放り込み、バリバリ音を立てながらも、いとも簡単に ――― まるでそれがクッキーか煎餅でもあるかのように咀嚼して飲み込んだ。
「あの子もそうだった。大概のことには見向きもせんかった……ヨシノの者はみぃんなそうだが、あの子は特に顕著だった……兄弟や親にも、これっぽっちも興味を持っとらんかった。やっこさんらが何言っても何やってもちぃっとも気にかけん……しっかり血が繋がっとるっちゅーんに、まったくの無視だ……信じられん……いや、おまえさんを責めとるわけじゃない!」
リンの表情を見て、ハグリッドが慌てて付け加えた。少し言いすぎたと思っているのか、気まずそうに目を逸らして、モゴモゴと口を動かしている。
リンは少し迷ったあと、ハグリッドを見上げた。
「ねえ、ハグリッド。母さんとスネイプ教授って仲が良かったの?」
リンの質問に、ハグリッドは一瞬不意を衝かれたようだったが、すぐに頷いた。
「おお、そうだとも。えらく仲が良くてな……休憩時間とか、食事んときとか……俺が見かけるときは、いつも一緒におった。スネイプ先生は、あの子がホグワーツでイッチ(一)番関心を示した生徒だったかもしれんな、え? スネイプ先生のこととなると、奴さん、どえらく人が変わったもんだ……」
「そんなに?」
リンが目を瞠ると、ハグリッドは、おかしそうにクスクス笑った。
「スネイプ先生を苛めるやつらと、しょっちゅう喧嘩しとったぞ」
リンは信じられなかった。自分の関心を引かないことは、たとえ最高の栄誉を与えられると言われても決してやらない母が、たった一人のために、何の得にもならない ――― むしろ損になる喧嘩をするなんて。
「あの子と結婚するのはスネイプ先生だと、俺はずーっと思っちょった……だが、なんだ、世の中よう分からんな。え?」
ひとしきり笑って、またロックケーキを切り分け始めたハグリッドに、リンは何も言えなかった。
**
のろのろと寮に帰ると、ハッフルパフ生たちは沈鬱な雰囲気を醸し出していた。どうやら、クィディッチの試合はグリフィンドールの勝利に終わったようだ。
リンに気づいたハンナが駆け寄ってきて、試合について教えてくれた。開始から五分も経たないうちにハリー・ポッターがスニッチを捕まえてしまったらしい。
リンは、ぼーっとしたまま適当に返事をする。
「それはすごいね」
「ええ、でも私たちは負けたのよ」
キュッと唇を引き結んで、ハンナは部屋へと帰っていった。きっと部屋でスーザンやベティと一緒に落ち込むのだろう……ひょっとしたら泣くかもしれない。置いてけぼりを食らったリンはぼんやりと思った。
今はクィディッチの結果より、ハグリッドが言ったことのほうが気にかかった。
――― 母が、もっとも関心を示した人。
頭のなかで繰り返すと、何かがすとんと胸のなかに落ちたが、反面、何かが心のなかに広がった。あの人は、母のなかにしっかりと存在しているのだ……そう思うと、いま自分のなかで渦巻いている感情が何なのか、リンは分かった気がした。
1-9. 母と教授の関係
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