月が白い。
朝方や昼間にでる月は、大抵が青白く霞んでいて、私の目にはちょうどいい。
太陽はあまり見慣れていないから。


もくもくと朝食をとり、歯を磨いて鞄を手にとり「いってきます!」。
ずぅっと昔から変わらないこの恒例な動作。
そして私は門の戸を開け、空に浮かぶあの白に、うっかり魅了されてしまったというわけだ。

まるでお隣の間抜けのように、私はちょっと口さえ開けて白に魅入る。


瞬間、ふわりと、柔らかい香りが鼻くすぐる。


なんだかいいにおいがしたと、私は空から目線を家の前の道路にうつすけれど、なにもない。

ちょっとだけ気配を感じたから、私は左側をのぞくと、そこには、


「…はよ。」


「…眠そうね、相変わらず。」



私が空を見つめている間に、お隣の間抜けこと墨村良守は、私の目の前を通り過ぎていたというわけであって。


「(…気づかなかった…)」


私としたことが。
良守が私に声をかけなければ、私は良守の存在がわからないと、そういうことになるのだろうか?


「…別に、わからなくたっていいじゃない、私。」

「なんか言ったかー?」

「うるさいわね、何も言ってないわよ。」



ねぇ、


なんで声かけなかったの?


なんて


なんで私はそんなことを、聞きそうになってしまうのだろう。




そんな風に思ってしまってから、今日はなんだか頭がくらくらして、妙に早く脈打って。
そんな時に見かけか姿に、思わず口を開いてしまったのは、なんでかしら。


「…あ……。」





朝からなぜかぼんやりしていた。
俺が目の前を通り過ぎても、なんの反応もなかったから。

今まさに校内で、その対象雪村時音にあうけれど、俺は声をかけないことにした。
なぜかって?
ウザがるだろ、あいつ。
今日は時音、体調悪そうだから、あまり疲れさせたくないしさ。

だから、無言ですれ違おうとした、のに、


「あ、ぇ…」


か細い声が響いた。

すれ違う瞬間、時音は俺に気がついていたらしく、極力時音のほうを見ないようにしていたのだけれど、結局はその努力は無駄となった。


「…よ、よう。」
「…う、うん。」


俺からは、時音は顔を赤く染めている…、ように、見える。
見えるだけだ。もしかしたら俺の妄想!


「…どした?」

「…え、あ、いや、…なんでもないわよ、なんでも。」

「…熱でもあんのか?」


手をのばし、頬に触れる。
なにも考えずにそうはしたものの、急にきょとん、と、俺のほうをみる時音をちょっと見上げて、ぼん、と、顔が燃え上がる音がした気がする。


「…あんたこそ熱あるんじゃない?」

「ご、ごめ、ごめんっ」


じとりとこちらを見る視線に耐えられずに、俺はそっと頬から手を離し、曖昧に笑った。
ちゃんと笑えているか定かではない。


「お前、今日、その…、体調悪いのか?」

「なんでよ?」

「いや、朝もなんかぼけっとしてたし」

「ちょっと、あんたと一緒にしないでくれる?」

「う、うるせーな。
とにかく、無理すんなよ。
今日の仕事だって、キツかったら俺一人でやれるし。」

「ばかね、そのくらい平気よ。体調なんて悪くないし。」



昼休みの廊下で、ここはあんまり人が通らないから誰にもこの会話は聞かれない。
珍しい時間だった。
こんな風に、昼間話すのは、本当にないから。


「とにかく、平気だから。
あんたに心配されるようじゃたまんないわよ。」


んだとコラ、と、良守はちょっと安心したように笑いながら言った。
実際私は熱もないし、だるくもない。

ただ、何故だか心臓が早く動くだけだ。


「あんた、何か用事があってこっち来たんじゃなかったの?」

「あ、そうだ、俺…」


ぴらりと摘んだプリント用紙を持ち上げる。


「数学の証明わかんなくてさ、聞きに行こうとしてたんだよ。」

「ふぅん…?」


結構ちゃんと勉強してんのね、なんて、ちょっとだけ失礼なことを考えた。
そうか。こいつも一応学生なんだ。


「…でも、どうせ授業寝てて聞いてなかったから、解き方わかんないだけなんでしょ?」

「う…っ」


やっぱりか、と、内心ほくそ笑んで、私は片手に持っていたペンケースを持ち上げた。


「まだ全然時間あるし、教えてあげてもいいわよ。」



なんでそんな言葉が出てきたのか、わからない。
でも私は今、校内にある簡易ベンチに腰掛け、良守に証明方法を伝授している。


「ってわけ。簡単でしょ?」

「…わからん…。」

「…あんた、ちゃんと聞いてた?」

「いやっ違う違う、数学のセンコーに教わるのより全然わかりやすかったから、何でかなって。
サンキュー時音、すげーわかりやすかった!」

「………どう、いたしまして。」


不覚だ。
今一瞬、可愛いこと言うなぁ、なんて思ってしまった。
良守なんかに。


「あ、あんた、ちゃんと神田さんに渡しときなさいよ、シャーペン。」

「おう。にしても、神田にシャーペン届けにわざわざ中等部に来るなんて、お前律儀だなぁ。」

「だってあの子、あたしの目の前でシャーペン忘れてくんだもの。」



あいつおっちょこちょいっぽいもんなー、とかなんとか言いながら、良守は神田さんのピンク色の可愛らしいシャーペンをくるくると回す。
私のシャーペンとは大違いだ。
私のは、なんの変哲もない、ただのシャーペン。
事務室で大量に配られるみたいな、スケルトンで中がちょっと黒くなってるやつ。
…帰りに新しいシャーペンを買ってこよう。
ちょっと高いけど、ドクターグリップの、赤いやつにしよう。
なんだっけ?アロマ?ばらの香りがするのって素敵よね。

良守の手の中にあるシャーペンをそれに置きかえて考えたら、何故だか頬があつくなった。






 



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