プリントも埋まったし、さてそろそろ行こうかなと立ち上がって、時音に声をかけようとしたらば、わたわたとなぜだか足がふらついてしまって、体が前に傾いた。
くるくると回していた神田のピンク色のシャーペンを取り落としてしまい、かしん、と、小さく音がした。
うわ、と、小さく声をあげたら、ふわりと肩を掴まれた。
「なにやってんのよ。
やっぱりあんた熱あるんじゃない?」
それだけだったのに、俺はふらつく足をちゃんとさせたあと、時音の背中に手を回した。
なぜそうしたのかは、わからない。
ただ、時音の頬が、ちょっと薄く染まっているように見えたから。
なんだか折れてしまいそうに、悲しそうに見えたから。
「よ、良守!」
「…時音、泣くなよ。」
「…な、泣いてなんかないわよ…、」
ばかじゃないの!
そう言った時音がすごくうろたえていたから、俺はすぐさまはっとした。
「―――っごめん!!」
逃げたなんて、言わないでくれ。
俺ってなんて馬鹿なんだ!
時音から離れて、シャーペンを拾い上げて、プリントを握りしめて、俺は顔を真っ赤にして、走った。
もちろん、中等部のほうに。
「…なんなの、あいつ……」
そして、私も、なんなの。
今日はどうかしちゃってる。
あぁ、夜が来なければいいのに。
「あれ?」
「どうしかした、まどか?」
教室に帰った後、私は友達のまどかと一緒にお手洗いに向かった。
鏡の前でちょっと髪型を整えたりするだけだけれど。
「ううん、…ねぇ、時音、男の子に会ったの?」
「なっなんで!?」
「なんだか、男の子のいい匂いがするから…」
「…え?」
まさかぁ、そんなわけないわよ、まどかったら!
なんて、私はあははと笑ったけれど、内心気が気でなかった。
さっきから、ずっと朝にかいだあのいい匂いがするな、なんて思ってた。
まどかいわく、それは、男の子の匂い、らしいから、私は、
「…良守、の、」
顔に熱が集まった。
心臓がばくばくと動いた。
私、昔から鼻がいいから、匂いに弱い。
そうか。だからだ。
今日、私がなにか変なのは、これのせいなんだ。
妙に納得したものの、心臓の動きはおさまることを知らない。
頭の中に、やつの声がする。
「時音!」と、
笑って言う、やつの。
そうだ、今日はシャーペンを買いに行こう。
どうせなら、奴によく似合う色の、あのドクターグリップのシャーペンを買おう。
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