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 牧野慶は人知れず、誰よりも深い心の闇を抱いていた。幼い頃は、良い日々を過ごしてきたと誰が見てもそう思うだろう。自分でも、足りないものはないと自覚していた。おおらかな父の姿が、己の醜さを包み隠すための借りた虎の威なのだと気付いたあの日。儀式、失敗、責任・・・。この重圧が、彼の身を潰す毎日が続いた。祈祷を幾度となく終えて、穢れた体を重いベールで覆い隠すのだ。自分は一体何を願っているのだろうか。神にも、この恐ろしく情けない、奥底に眠る欲望がにじみ出てしまっているのではないか?体の震えが、いつ何時も収まることが無い。
「求道師さま、さあ、参りましょう」
ああ、優しい求道女だけが、受け止めてくれる。

 ある一定の村の中を回ることは毎日の日課で、出会う村人達の熱の篭った視線が、
胸に焼印を押すようだ。苦しい。こんなに醜い自分を、このような目で見られるなんて。
「求道師さま?大丈夫ですか?」
不意に手を差し伸べられて、いつの間に俯いてしまった自分を悔やむ。目の前に伸びる指先から、肘、肩と視線を上げてみれば、そこには、教会でも馴染みのある顔があった。わずかに左に傾いて、困惑を覗かせる瞳。
「知子ちゃん・・・すいません。私なら、大丈夫ですから」
「本当ですか?顔色が悪いですよ・・・」
「大丈夫ですよ、だから、そんなに暗い顔をしないで下さい」
心配をよそに、彼はほんの少しだけ見栄を張った。これっぽっちも平気なんかじゃない。毎日毎日、この重圧に、期待に、打ち震えて・・・

「こ、これは・・・」
すぐそばから、珍しい、焦りを持った求道女の声が聞こえてきた。驚いた顔をしているのは、知子ちゃんの方だ。二人で声の聞こえた茂みへ駆け寄ろうとすると、聞いたことのないような張った声が鼓膜を震わせた。
「二人とも、来てはいけないわ!・・・求道師さま、教会に戻ってください。
知子ちゃん・・・今日はお家に帰るのよ。」
顔も見せずに、極めて冷静に言い放った求道女は、有無を言わせない様相だった。逆らえない―それは、知子ちゃんも同じだったようで、黒に包まれた求道師の肩を強く叩くと、足早にその場を去っていった。

求道女を一瞥する。
「・・・どうして、こんなことが」
それ以上は、立ち止まっていられなかった。






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