PDoC0010




「あの人は…役目を忘れてしまったの?」
 名無しは、まだその身を穿った痛みを忘れられなかった。村がこちら側に囚われる瞬間…それは自分の無力さばかりがきりきりと胸を締め付ける時。二つの穴のあいた手の平をこすりあわせて、恐怖と興奮で醒めた体を落ち着ける。
「還らなければならないの。みんな、わかってるはず」
眠りに落ちたあの子は、今どんな夢をみているのだろう。それを遮る権利なんて、誰にもない。小高い丘陵から眺める赤黒い世界は、いつもより明るく見えた。

 何故、自分は今自由の身でいられるのだろうか。空から視線を下げて、生い茂る黒い葉の雑木林を見据える。涙を流した屍人たちの中がさざめく。神さまの世界へ、導こうと武器を取る。久しく聞かなかった笑い声は、かつての面影を残して、狂気などどこにもなかった。
「あ…」
目を閉じて、少しだけ視界を借りる。見知らぬ人に、斧を振り上げて。赤と白の飛沫が飛び散った。砕けた頭蓋骨、口の開いたままむき出しになった顎骨。その中身が削げている。丸い眼玉がぶらさがって、くらくら揺れて、地面に落ちた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…私は、救えないの。でも、すぐに」
地面にくずおれた人間だったものを見送るのは、せめてもの償いのつもりだった。信じ続けるあの人のように。






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