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噂。
ある春の中頃。
桜がもうそろそろ満開か、という時に真選組屯所内の副長室には二つの苦い顔が並んでいた。
「…またか」
「はい。また、です」
自分の副官の冷静な声に土方は大きく溜め息を吐いた。
それを見た名前は軽く眉を潜めて不謹慎ですよと窘める。
「悪ィ…いや、こうも続くとな…」
「いえ、お気持ちは分かります。これで7日連続ですからね。一般市民も気味悪がってるようですし、キャバクラですら夜は遅くとも10時までとしている店が殆どです」
「夜のかぶき町から光が消える、か…」
「……このままじゃ冗談になりませんよ」
右手に持っている資料を土方に渡しながらそう言う名前の顔は酷く険しい。そして、それに目を落とした土方は再び溜め息を吐いた。
…事の発端は一週間前の朝。
{土方さん、今すぐ来て下せェ。川沿いの駄菓子屋で待ってやすんで。それと、鑑識の奴らと副隊長以上で手開いてる奴も連れてきて貰っていいですかね?}
朝の定例会議に姿を見せなかった沖田から珍しく緊迫した電話が土方の携帯に掛かってきた。
怒鳴る気満々だった土方の顔はまるで百面相のように真面目な顔へと一瞬で切り替わり、切った直後は大声で指示を飛ばしていた。
そして、先に現場に着いた土方と名前は絶句した。
『…そ、総悟…これは一体…』
『死体、でさァ。死因は恐らく…』
『失血死。…外傷も多数見られ、特に腹部に至っては内臓が一部露出する程の傷。この傷は恐らく生前に付けられたものと見て間違いなさそうですね』
『おま、良くこんなのまじまじと見られんな…』
『……仏様も随分と無下にされたもんですね』
総悟が立っていたのは駄菓子屋から一段下がった河原。パトカーで駆け付けた時には既に二十人弱の野次馬が群がっていた。
そこを掻き分け総悟の足元を見て思わず目を見開いてしまった。
夥しい量の血によって総悟の爪先から向こうは血の湖。その湖の真ん中に死体が二体。うち一体は名前が言ったような無残な状態だった。
『誰がこんなこと…』
『…より“何の為に”、ですね。犯人がいたとして、何か目的があったからこそここまでスプラッタにしてるんですから』
『…目的…なんてあるんですかねィ…
…まぁ何にせよ危険な奴ってことに変わりはないでさァ。しかも被害者のうち一人は剣道道場の師範代。ある程度腕は立つのに、…』
『このザマ、か…』
総悟が副隊長以上を連れて来いと言った理由はそれか。
名前が頭の中で一人呟いて総悟の適切な判断に感心していると、パトカーが二台到着した。慌てて中から飛び出して来た面子を見た土方の口が二番隊と藤堂と新田かと動いている。…ちなみに新田とは一番隊の副隊長新田涼のこと。
名前は今の面子と土方の表情から指示内容をある程度予測すると、新田達が揃った所で口を開いた。
『永倉隊長は自分の副隊長と三番街、藤堂隊長は一番隊の副隊長と四番街の見廻りをお願い。刀持ってたら問答無用でひっとらえて職質かけて』
『『りょーかい』』
『沖田隊長は土方副長と二番街を』
『了解でさァ』
『…と、副長。私は山崎と過去の辻斬り事件などを洗い直しながら情報収集をしつつ、山崎の護衛に回ります』
『ああ。お前も気を付けろよ』
『はい―…
「……で、あれから一週間経つってのに犯人は捕まらず。情報だけが集まって、か?」
「そうです。本当に、困りました」
手に持っていた資料の厚さに土方はやや嫌味ったらしく吐き捨てた。それに答える名前も珍しく投げやりだ。
…まぁそれ程までにこの奇っ怪な辻斬り事件は厄介だということである。
「…つーかよォ、白髪に赤っぽい目ってアイツじゃねェか。もうアイツで良くね?適当に罪状作ってやるから、な?」
「ダメです。しかも銀時は銀髪です。それに其れはあくまで噂ですよ?大体その辻斬りに会った人は全員死んでいるのに、外見の、しかも目まで分かってるっておかしくありませんか?」
「だよな……」
そう言って資料を畳へ放り投げた土方は煙草を新しいものに変えて火をつける。
「昨日は三番隊だったな……斉藤はなんか言ってたか?」
「終ですか?同じようなもんですよ」
「そうか…」
「あ。ただ…」
「ただ?」
「いえ、そんなに重要でもないのですが…今回の辻斬りについての証言を一通り読んだ終がやたら上手いことを言ってましてね。これがまた言えて妙というか…」
「…なんだ?」
「血を求め彷徨う“吸血鬼”のようだ、と」
―噂―
(名前)
(あ、新七。どうしたの?)
(吸血鬼って言ったの俺だ)
(……マジで?)
(大マジだ。つーか終が副長に妙な誉められ方して困ってたぞ?副長に言っといてやれ)
(げ。今すぐに訂正してお詫び申し上げてくる)
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