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頭を過るのは。
『異世界から来たのなら住む所もないだろう。それにこの世界の文明に不慣れとなると、長屋を借りて生活という訳にもいかん。そこで勇さん、俺から一つ提案がある』
『提案、…というと?』
『元の世界へ帰る方法が見つかるまで、隊士として此処で住み込むのはどうですかな?そうすれば衣食住の保証は付くし、こちらの通貨ですが、給料も出る。それに刀は腰に据えたままでいい。一石二鳥だと思うのだが』
『……ちょ、ちょっと待ってくれ勲さん。確かに俺達は刀しか振るって来なかったが、いきなり隊士など…それに衣食住なんて図々しすぎるのでは…』
『いやいや!近々隊士を募集しようと思ってたところでな。短期間とは言え、あなた方新選組が入ってくれれば、此方としても大助かりですよ』
『…だが、入隊試験もなしに…』
『新選組の幹部であるのなら実力としては申し分ないだろう!それにご存知の通り、隊長や副隊長など幹部には仕事が多い。そういうのに精通している勇さん達が入ってくれるならもう何も言うことはない』
『……返って足手まといには…』
『ならんよ。俺が保証する』
『…貴方には一生、感謝してもしきれないだろう。
世話になる、勲さん』
『いやいや。こちらこそよろしく頼むよ、勇さん』
なんてやりとりがあったのは二時間前。副長が、局中法度を異世界組に叩き込み始めたのが一時間三十分前。そして、片手に局中法度が記されている紙束を持ちながら仕立て屋を待機させていた部屋に異世界組が来たのがついさっき。つまり、副長は局中法度について一時間半程喋っていたことになる。
「…平助君、大丈夫?」
「う、うん…なんとか…
てか十四郎さんが段々土方さんに見えてきたよ…」
「平助、十四郎さんは土方さんだ。故にそうなるのは必然であって、それ以外のものにはなり得ない。もしそういう言い方をしたいのなら、土方さんがより土方さんらしく見えてきたと言うべきだろう。だがしかし、最もそれはあんたが以前の副長ではない副長のことを知っているのが前提であって…」
「待って一君!それ以上ややこしい情報を入れないで!ていうか副長ではない副長ってなに!?」
「ていうか平助が言いたいことはそういうことじゃないよ、一君」
頭がショートしそうな平助を心配する千鶴と、平助に追い討ちをかける一さんと、そんなやりとりに笑いながらもしっかりツッコむ総司さん。一見平気そうに見える方々も顔がなんとなく疲れている様子を見れば、副長がどんな講義をしたのかが一目瞭然で。一方、共感する部分が大いにあったのだろう。平然としているというか、寧ろ活き活きしている歳三さんは既に初めての洋装の採寸に挑んでいるが、後ろに並ぶ他八名はげんなりとした様子だ。
哀れ新選組、と心の中で合掌していると煙草を口にくわえた副長が部屋に入ってきたので頭を下げる。
「お疲れ様です、副長」
「ああ…
四楓院。南野はいつまでに仕上がるって言ってた?」
「明日の朝には出来るらしいです」
隊士として扱うのならば隊服を着せなければならない。真選組の隊服は一応、個人個人の採寸に合わせて作られるオーダーメイド制なので誰かの余りを着せるわけにもいかない。つまり、早急に隊服の採寸をしなければならないということになるので、副長が無駄な…ではなく、素晴らしい講座を開いておられる間に仕立て屋を呼んでおいたのだ。私の言葉に相変わらず早ェな、と呟くと煙草に火を点けようとしていたので、何も言わずに煙草を取り上げた。ここは松平長官が“私専用”に作ってくれた離れだ。そんな恨みがましい目をしたってダメ。喫煙したいなら許可をとれ。まぁ、何を言われようが吸わせないが。と、心の声が聞こえたのか、私が頑として譲らないのを悟った副長は少し残念そうにライターをしまった。それを見てにっこりと笑うと内ポケットに煙草をしまい、明日のスケジュール表を副長に渡した。
「早いと何か不都合でも?」
「いや……寧ろ、助かる」
「あら。もう仕事をさせるおつもりなんですか?」
「アイツらが望んだんだろ。それに幹部の隊服着といて仕事をさせないってワケにもいかねェ」
「屯所内では着流しを着て頂けばいいじゃありませんか」
「そういう問題じゃねぇんだよ。ていうか無理だろ…あの顔じゃ」
「ああ、あのイケメン面は一度見たら忘れられませんからねぇ…」
採寸という意味を分かっていないのか、ただ自分の肉体を見せつけて真選組御用達の仕立て屋である南野を困らせている新八さんを軽く笑いながら答える。彼らの会話から察するに、以前健康診断をした時も同じようなことがあったらしい。
「さっき山崎から連絡が入った。総悟と斎藤を除いた各隊隊長は全員揃ったそうだ」
「退、頑張りましたねぇ…」
「ただ斎藤とは連絡つかないらしくてな。非番だから大して気にしちゃいねェんだが、携帯を部屋に置きっぱなしにしてるのはいただけねェよな…」
「あ、終は私の部屋です。静かに本が読みたいと言ってたんで貸しました」
そう言うと、何故か瞳孔をかっ開いて私の方をばっと見る副長。あまりの素早さに少し引いたのは内緒だ。いや、嘘だ。全面的に顔に出してしまった。
「どうかなさいましたか?」
「俺、言ったよな?万事屋と和菓子食ってたり、総悟と夜な夜なゲームしてたり、山崎とあんぱん談義してたりするたんびに、男を簡単に自分の部屋へ入れるなってなぁ?」
「いえ。涼と刀の手入れをしてる時、新七とジブリ談義してる時、真子と葛餅を食べてた時、喜助が斬魄刀を研ぎに来てくれた時、ラヴと真夜中部屋で呑んでた時、新八にリサの買って来るエロ本を読むにはまだ早いと忠告してる時もです」
「んなしっかり覚えておきながら簡単に破るとはどういう了見だコラ。つーか後半は真選組隊士でもねェな。それに最後の忠告ってなんだ忠告って。お前は母ちゃんか」
「貴方の方が母ちゃんでしょう。ていうか今回は違いますよ。私はいません。終一人です。しかも終です。一緒に観覧車に乗ったって何も起きやしませんよ」
「まぁな」
「コーヒーカップ、ジェットコースター」
「確かに狭いが何かをする暇がねェだろ。ていうか何で遊園地?」
「電話ボックス」
「…ギリだな」
「掃除ロッカー」
「いや、流石にそれはないな。いくら斎藤でも掃除ロッカーの狭さと暗さには負ける」
「いえ。終は負けません。言うなれば、一緒にお風呂入ったって大丈夫です」
「ふっ、風呂ォオ!?おま、何してんのォオ!?」
「ちょっと副長なに話を…」
「…っアハハハハ!!もうダメ…ホント面白過ぎですよ、名前ちゃんとそっちの土方さん…くくっ…」
なに話を飛躍させてんですか。例え話ですよ。落ち着いて下さい。そう続く筈だった私の言葉は突然笑い出した総司さんによって遮られた。部屋の広さは十五畳ぐらい。そこの中心で採寸をしていた彼らからは離れた隅で話していたので聞こえていないと思っていたのだが、総司さんの反応を見ると聞こえていたらしい。当然、彼以外も。歳三さんが爆笑している総司さんを咎めるような目で見ているが、口元の緩みからこらえきれていないのはバレバレだ。ていうか総司さん。いつまで笑ってんですか。
「ちょ、ちょっと沖田さん!!そんなに笑ったら失礼ですよ!」
「そう言う千鶴ちゃんだって口元の緩み抑え切れてないよ」
「ぇえ!?わ、私は名前さんと十四郎さんが、その、お二人が微笑ましいだなんて、そんな思っては…」
「…落ち着け、雪村。余計なことを口走っているぞ」
私の心の中を代弁してくれた千鶴は見事に自分の心の中までさらけ出してくれた。なんか色々ツッコミどころ満載だったけど一さんが代わりに窘めてくれたし、千鶴の可愛いさに免じて見逃そう。そう思って、笑われて少し不機嫌になった副長を横目に表情を緩めていると、ずっと笑っていた総司さんが軽く咳き込み始めた。笑って笑い過ぎて咳き込むことなんて良くあることだ。つい昨日も、総悟のどうしようもない悪戯に引っ掛かった副長の無様な姿に爆笑し過ぎて咽せた。
なのに、なんだこの空気は。
今まで笑いに溢れていたのが嘘のように異世界組の表情ががらりと変わった。千鶴など泣きそうな顔をして総司の背をさすっている。明らかに“たかが咽せた”状態ではないことが見て取れた。それは、不機嫌そうにしていた副長も気付いたらしい。私達の方に一瞬目を走らせた歳三さんを見逃さずに呼び掛けた。が。
「オイ、歳三」
「…なんだ」
「総司はどっか…」
悪いのか。
そう尋ねるより早く、総司さんは吐血と共に畳に倒れ込み、一瞬遅れて千鶴の悲痛な叫びが離れに響いた。
「お、沖田さん!?沖田さん!!しっかりして下さい!!沖田さん!!」
「総司!!」
突如訪れたそれを目の当たりにした私達。無意識に副長が手放したスケジュール表が総司さんの血の中に埋まっていくのが、嫌にスローモーションで目に映っていた。
―頭を過ぎるのは、―
(総悟がいなかったのは、幸か)
(それとも副長がいたことに不幸と言うべきか)
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