誇り高き至高の月 | ナノ

バルバッド編-09


「ちゃんと届けてね」

そう呟いてレンは、足に文をくくりつけた伝書鳥を空へと放った。
鳥文は稀に、悪天候などによって不時着する可能性が大きいため、本当なら魔導師を通じて本国と直接通信をはかりたいところだが、生憎連れて来てはいない。
まあ、今の天候とフリーアまでの距離から考えてその心配はないだろうが。
早ければ今日中、遅くても明後日には届くはずだ。
力強い羽ばたきで飛んでいく鳥が見えなくなるのを見送っていると、側に待機していたルシアが控えめに声をかけてきた。

「レン様」

「ルシア?」

何というか機嫌が悪そうだ。
珍しくとても苛立っている様子のルシアと、困惑した様子のロゼに戸惑いながら、ルシアの殺気の籠もった視線の先に目をやると、なるほど、先程別れたばかりのシンドバッド王とその眷属のジャーファルとマスルール、そして金髪の少年の姿がある。
シンドバッド王は私の視線に気が付いたのか、颯爽と近づいてきた。

「シンドバッド王…」

「やあレン姫、久し振りにお会いした気がします。最後にお会いしてから何年ぐらい経ちましたかね?」

「………そうですね、こうして面と向かってまともに話したのはのは2、3年くらい前だった気がいたします」

「そんなにですか、時間がたつのは早いな。アハハハ…ハハ……なあジャーファル、何か彼女たち、俺に冷たくないか?」

何かあるなら、直接言えばいいのに。
気まずさに耐えきれなくなったのか、眷属に小声で耳打ちをしているシンドバッド王に呆れて溜息をつく。
いい加減本題に入って欲しいのだけれど。

「アンタがこの方たちの国でやったこと(prologue-04参照)忘れたんですか?シン」

「…当然の対応っス」

「いやでも…あれはもう終わったことであって…」

「終わったこと…?バカかアンタは!そんなだから冷たい対応されてるんですよ!!「雑談をしに来たのなら帰っても宜しいでしょうか?」す、すみません…」

さりげなくとばっちりをうけてしまっているジャーファルには申し訳ないが、態度を改める気はない。
自分でもシンドバッド王に対する思いやりというものが見事に欠落しているのを痛いほどに感じてはいるが、姉のように慕う従姉がこいつに弄ばれたかと思うと、浮かんでくるのは怒りのみ。
それは、小さな頃から兄妹のように過ごしてきたルシアも同じのようで。

「シンドバッド王よ、用件は手短にお願いいたします。レン様は、けして暇な方ではないのです」

何というか、図太い。
一国の王を相手にここまで言うか、というくらいスパンと切り捨てた。

「そう邪険にしないでくれ…ほらレン姫、君は彼とは初対面じゃないかと思ってね」

そう言ってシンドバッド王は金髪の少年を視線で示した。
確かに今日初めて会ったけれど…わざわざシンドバッド王が私に紹介しに来たということは、何か重要人物なのだろう。

「初めまして、先程は話し合いの最中にごめんなさい。私はフリーア王国第三王女、レン・スラーメリー=アルハリームです」

取りあえずはきちんと挨拶をしなくては。
そっと頭を下げると、少年は慌てたように「顔を上げてください」と言ってきた。
一応の社交辞令なのだけど…こういう礼節には慣れていないのだろうか?

「えっと、俺はアリババです」

「そう、よろしくね、アリババくん」

互いに手を差しだし、握手をしようとしたときだった。
大人しく傍観をしていたシンドバッド王が突然口を開いて言った。

「彼の名前はアリババ、アリババ・サルージャというんだよ」

「サルー…ジャ?」

その時の私の顔は、さぞかし見物だったことだろう。
硬直をしたままの私に、シンドバッド王が更に追い討ちをかけるように言った。

「つまり先王の残した秘蔵っ子、正真正銘バルバッド王国の第三王子さ」


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