ハロウィーンと少女

神父さまが隣村に向かわれてから夜が明けた翌日。
朝はいつも通りに六時ぴったしに起床。中庭で飼っている鶏小屋まで卵を取りに行き、スクランブルエッグにして、バケットパンの上に乗せ、昨晩のうちに作り置きしておいたスープと一緒に食べました。

朝のお祈りの後は、中庭の畑で育てている野菜やハーブに水を与え、鶏小屋の掃除。教会の窓拭きを終え、ちょっと一息をつこうかと時計に目をやると、時刻は二時を過ぎておりました。

今さら昼食を食べるのもなんだかもったいない気がした私はそのまま掃除を続け、夕方頃に町へと向かいました。夕食と兼用しようと考えたのです。我ながらズボラな考えだと思いながら、町に着くと、なんだかいつもより賑やかな空気。

あちこちにカボチャのランタンが飾られており、町全体がオレンジ一色に染め上げられていた。


「トリックオアトリート!」
「おやまあ、待っていたよ可愛いお化けさんたち。お菓子をあげるから、悪戯はやめておくれ」


突如聞こえたトリックオアトリートの掛け声。
その掛け声と共にお化けの姿に仮装した子供たちが大人たちからクッキーだのチョコレートだのお菓子を貰い、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。

そうか。今日はハロウィンだ。

10月31日。この世とあの世の門が開かれ、死んだ人の霊が帰ってくると言われている日。

この世に戻ってきた亡霊たちに間違えて連れて行かれないようにする為に、吸血鬼やミイラ男、スケルトンの格好をして、彼らの目を欺くのが本来の仮装の目的だったらしいが、いつの日からか、お化けの姿に仮装した子供たちが「トリックオアトリート」つまり、「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」と唱えながら、家を訪ね回る行事が生まれたらしい。


そう昔から教えられてきたのに、すっかり忘れていた。
しかも昨日、噴水広場で大きなカボチャを見たばかりなのに。


大人たちからお菓子を貰い、満足気な子供たち。
いや、可愛いらしいお化けさんたちに微笑ましいと思いながら、夕食のパンとチーズを買うためにパン屋さんへ向かおうと振り向いた途端、目の前に大きなカボチャ頭が飛び込んできました。

ひぎゃ、なんて情け無い声を出し、一歩二歩後ろに下がるとカボチャ人間は肩を震わせると闊達のよい声で笑い始めたのです。聞き覚えのある笑い声にまさかと思っていると、予感は的中。カボチャの中から、顔見知りの人物が。


「うふふ、悪戯大成功」
「パン屋のおばさん!びっくりさせないでくださいよ」


重そうなカボチャを腕に抱えながら、無邪気に笑うおばさんはまるで子供のような目をしておりました。


「期待を裏切らない反応をしてくれるわね、驚かした甲斐があるわぁ」
「もう、やめてくださいよ。不意打ちは心臓に悪いと何度も言っているじゃないですか。もう……」
「ふふふ。ごめんなさいね。お菓子あげるから許して?」


と言って、おばさんは籠の中から手作りと思われるクッキーが入った袋を取り出しました。


「お菓子だなんて、そんな歳じゃないですよ。だって、もう十五ですし」
「もうそんなこと言わずに。私にとっちゃ、まだまだ子供よ」


「ほら、魔法の呪文は?」と詰め寄ってくるパン屋のおばさんに気圧され、少し恥ずかしかったけれど、小さな声で、「ト、トリックオアトリート」と呟けば、おばさんはにっこりと笑い、クッキーをくれました。

チーズ屋さんでも店主のおばあさんからキャンディを貰い、すぐ隣の八百屋のおじさんからは何故か人の頭位はある大きなカボチャを貰いました。

カボチャを使って、明日はパンプキンパイでも作ろうかと考えているうちに帰路に着いた。日は西に沈み、辺りはすっかり真っ暗。ふと眼下の町を見下ろせば、オレンジ色の灯りが遠くでゆらゆらと揺れている。

子供の頃から変わらないこの風景。町で見た小さな子供たちが可愛いらしい仮装をして大人たちにお菓子をねだる姿にふと昔のことを思い出す。

昔は自分も町の子供達と同じように仮装をして、お菓子をもらいに行きたいと何度も思いました。
しかし、神父さまは「悪霊の力が強まるハロウィンの夜に出歩くなど何事だ」と怒り、ハロウィンの日は町に行かせるどころか、外にすら出してくれませんでした。

しかし、オレンジに染まりゆく、賑やかな町を自室の窓から眺めた幼少期ももう過去のお話。

ついさっき、ハロウィンの町に足を踏み入れてしまったのですから。初めて見たカボチャのお化けも。初めて口にしたトリックオアトリートの魔法の言葉も。その何もかもが初めてで新鮮に感じました。

これがハロウィン!なんて素敵なんだろう!毎日がハロウィンならいいのにと。が、それと同時にとんでもないことに気がつきました。神父さまとの約束です。

ハロウィンの夜に出歩くなと散々言われていたのに!
いつもの癖でお使いに行ってしまった!昼に終わらせておくべきだった!

帰ったら、怒られてしまうと錨のような重たい気を胸に頭を抱えていると、ふと視界の端の方で黒い人影のようなものが動いた気がしました。気のせいかと思いましたが、ボソボソと声を潜めて話す男の人の声が聞こえ、気のせいではないと確信。

泥棒かもしれないと不審に思った私は教会の入り口にカゴとカボチャを置き、ランタンだけを持ち、得体の知れない影が向かった方へと足を進めました。



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