神父と少女

「ただいま戻りました」
「やっと帰ったか。インクと洋紙を買いに行った割には随分と遅かったじゃないか」


神父さまは振り向くこともなく、言いました。ふと壁にかけられた時計に目をやるとお昼を過ぎていた。
まさか、二時間以上も空けていたなんて。カボチャに夢中になっていたせいだ。


「噴水広場に大きなカボチャが飾られていたもので、つい見入ってしまいそのまま……」
「そんなカボチャごときで時を忘れるようでは聖職者への道は程遠いな」
「……すみません」


神父さまは黙々と机に向かって何か手紙を書いているようでした。どんよりとした気まずい空気に私は黙り込むしかありませんでした。どことなく、居座りづらい雰囲気に籠を置き、部屋を後にしようとした途端、神父さまに呼び止められました。


「なんでしょうか」
「つい先ほど、隣村の村長が亡くなった報せが届いてな。急遽、葬儀に出なくてはならなくなった」
「なんて御いたわしい。御冥福をお祈りします」
「それだけならまだ良かったのだが、同じ村で立て続けに若い娘の葬儀が執り行われることになった。お前も知っているであろうが、ここよりもうんと小さな田舎町だ。神父どころか教会すらもない」


ここからうんと南に下ったところにある隣村。
そこでは、最近、立て続けに村人が狂乱状態になり、死亡する事案が起こっている。疫病か、はたまた悪魔の仕業か。村の人たちの間では色々な噂が囁かれているが、その原因は未だ謎のまま。


「早く事態が治るといいですね」
「全くだ。今日の夕方から明後日まで空けるから、それまで留守を頼んだ」
「お任せください。戸締りはしっかりしておきます」
「そうだ。こう言ってはなんだが、何か欲しいものはあるか?」
「いいえ。神父さまがご無事にお帰りになられること以外、何もいりません」
「お前は本当に物欲のない子だ。その清らかな心を忘れずに精進するように」


と言って、神父さまは私を抱きしめてくれました。
私は温もりが大好きだった。厳しい仕打ちを受けた後には、必ずこうして優しく抱きしめてくれるのです。


「ああ、それと」
「はい」
「くれぐれも墓場には近づかないように。何があってもだ」


アイスブルーの瞳が真っ直ぐに訴えてくる。

神父さまはあの墓場を恐れているようでした。
いつも威厳に溢れ、高尚な神父さまが教会裏の墓場の話題になると、ひどく落ち着きのない様子で、墓地に近寄るなと口酸っぱく言うのです。


「特にこの時期になると、空気が淀む。あの世とこの世の境界線があやふやになる。力を強めた悪しき魂は我々の心が緩んだ隙を狙い、入り込んでくる。いつ何時たりとも心を許してはならない。主こそが神。我らの光。我らが進むべき道。ほかに神はいない」


―――力を強めた悪しき魂は我々の心が緩んだ隙を狙い、入り込んでくる。いつ何時たりとも心を許してはならない。主こそが神。我らの光。我らが進むべき道。ほかに神はいない

神父さまは昔からの口ぐせを私に言い聞かせると、「昼食にしよう」と一言。私の肩をポンと軽く叩き、階段を降りて行かれました。



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