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「―――なんか、ムカつくのよね。アンタ」


夕陽が差し込む放課後の教室。
日直日誌を書く幼馴染みのジェイドに向かって口を開いた。
彼はしばらくの間、疑問符を貼り付けたような顔をしていたが、すぐにいつものにっこり営業スマイルを吊し上げ、困ったように眉を下げる。


げ、出たよ。
お得意の困りましたねえ(笑)スマイル。


「珍しく真剣な表情をされていると思ったら、そんなことでしたか」
「なにそれ。まるで、普段の私が間抜けみたいな言いようね」
「しかしながら、そのような抽象的。いや、大雑把な言い方をされましても困りますねえ」
「おい、なにサラッとスルーしてんのさ。否定しろよ、否定」
「もう少し具体的に教えていただけないでしょうか。改善に繋げていきたいので」
「はあ?」


この人、会話のキャッチボールというのを知っているのだろうか。話の航路を立てようにも、溶け始めた語彙では航路どころか、舵をとることすらままならない。

そんなことを考えていると、ペンの端でクイと顎を持ち上げられ、「さあ、早く」と妖艶な笑みを浮べながら、答えを乞うてきた。

その途端、回しすぎた舵がビュンと音を立て、海へと放り出された。
ちょっと、待て待て。舵が無かったら船を動かせないでしょうが。沈没させる気かこの野郎。


「……理由なんてあるわけないでしょ。ムカつくったら、ムカつくの。ただそれだけ!」


―――支離滅裂。支離滅裂な発言とはまさについさっき自分の口から出たことを指すのだろう。
そんな聞き苦しい返答にジェイドは「そうですか」と落ち着いた口調で答えると、日誌を閉じた。

そんな姿でさえも、絵になってしまうから、ムカつく。そして、そんな彼に恋しちゃっている自分自身にも、ムカついてしまう。

いつから好きになったのかはわからない。気がついたときには淡い感情を携えていた。
よく、小説とかで、誰かを好きになるのに理由はないっていうの、あれは事実だ。昔は馬鹿な話だと昔は思ったけど、いざなってみると、理由の一欠片たりとも見つからない。


恥ずかしい話だ。こんなやつに恋してしまうだなんて。


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