01


記憶の奥底にあるのはいつだって、痛みだ。
脳髄を掻き回すような、四肢を引き裂いているような、そんな痛み。叫んでも泣いても、逃げられないソレはどうしたってワタシの事を雁字搦めに固めて、満足そうに笑う。
始めのうちはのたうち回っていたはずなのに、慣性による痛みへの危険信号が弱くなった今は、ある程度のものなら平然としていられるようになった。
どうにも、ワタシには平凡が似合わないらしい。


−−−


「蒼井ソラ。3-Aから来た」

限界だった。
平凡な人間達。ご立派な家族。この世の辛いことを知らない、平和な世界の住人。
ワタシにはどうしても眩しい表の世界は、実際踏み込んでみれば吐き気がするほど気味が悪かった。

「今日からよろしくお願いしますねぇ、蒼井さん」
「どうも」

黄色い等身大の軟体生物は、このクラスの担任だそうだ。
言葉を操り、あらゆる毒が効かない、マッハ20の生物。唯一効果のある武器は特殊な物質で出来たナイフと弾丸。
平和な世界であるはずの表の世界で、暗殺という殺しが使命とは。なかなか面白い。

「卒業までに頑張って殺してくださいね」

今朝渡されたのはナイフと拳銃1丁。
世界を滅ぼそうとしている超生物に、なんと心許ない相棒達だ。人間を決して傷付けないその素材は、緑色でどうにも笑えてくる。

「こんな風に?」
「にゅやっ!?」

大振りに振り上げる。
初速度はなかなか出た。きっと教室にいる、これから仲間になる彼らには見えなかっただろうけれどこの担任には見えていたはずだ。案の定アッサリと避けられた。想定内。
振り上げた時の勢いを利用して身体を回転させる。狭い教壇で足を踏み変えてそこそこの蹴り。どうせこれも避ける。やっぱり避けた。

耳元でパリッと静電気が弾ける。

それが合図で、相手との距離を詰めて拳銃を発砲。
軽い音共に排出される緑の弾丸はマッハ20を的にするには無理がある。だからこれは囮。
もう1度狙ってナイフを振り下ろした。

「あっ………」

クラスの誰かが呟いた。
静かな教室に響くその声が、このクラスの人間がいかに向いてないかが伺える。
床でのたうち回る担任の腕を拾い上げる。触ったことの無い未知の物質構成。電撃は効かないらしい。粘膜はとても汎用性があって、使いようによってはこれからの開発に使えそうだ。
触れた部分から流れ込んでくる情報に舌打ちする。どうにもうるさい。多分、未知の物質に触れたことによる興奮。

「先生のこれ貰いまーす」

斜め掛けした鞄から強化ガラスの瓶を取り出して放り込む。
面白い。研究しがいがあるし、吐き気がするほど馴染めない表の世界での暇潰し。もう少しだけこちら側にいるだけの価値はある。

−−−

「アンタ、強いね」
「キミ達が弱いだけ」

私より先に停学が解けてこのクラスに来た赤髪。
赤に業とは。またまた面白いネーミングセンス。でも、羨ましい。

「へぇ」

少しだけ細められた目。
髪と同じ赤。この隣人は、多分裏でもやっていける。そういう人種だ。私と一番相性が良くて、悪い存在。

「じゃあ、アンタは強いの?」
「そうだね。烏丸先生よりは」
「烏間先生ね」

烏丸先生もとい烏間先生は、防衛省の人間だ。
それはつまりそういう軍事訓練を積んでいるはずで、だからこそ生徒の体術の教える。でも、それが通じるのは表の世界と裏の下の方。体術だけなら裏の世界の人間にも通じるだろうが、こちら側の人間は体術さえも武器の1つに過ぎない。
馬鹿正直に体術だけで戦う奴はあまり居ない。

「チビだし細いしそういう風には見えないけど?」
「筋肉ゴリラな暗殺者なんてそういない」
「そういうもん?」
「少なくともワタシの知る暗殺者のほとんどの線は細い」

脳裏に遠目で見かけた暗殺者達を思い浮かべる。
イタリア最強の暗殺集団には赤ん坊がいるぐらいだし、馬鹿正直に真正面から暗殺はするものではない。派手に暴れたがる奴らも多いが、それはマフィアを潰す暗殺という名の戦闘。一般人が利用する種類は民衆の中に紛れて誰に気付かれることなくその命を奪う。まさに死神。

「でもさー、おかしくない?なんで蒼井さんそんなに詳しいの」

シーンと教室が静まる。
放課後の喧騒が一瞬で掻き消えた。誰もが次の言葉を待って息を潜めている。平和な世界の平凡な人間。そのカテゴリーから強制的に外された、平和な世界の非凡人達。

「何者?」
「さあね」

何者か。
それは私が一番知りたくて、一番理解している。



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